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勝手に閑話。

1 :ホンダ野人:2000/06/12(月) 19:59
昔書きためていた話を書き込みます。

GOAとECOから垣間見る巨人・トヨタ <1>

一昨年来、トヨタが行ってきた衝突安全の“GOA”及び環境テーマ
“ECO”という大規模な広告展開については、所員の関心度も低く
なかったと思われる。

このテーマをこのコラムで取り上げるのはやや遅きに失する感が否
めないし、所内「コミュニケーション」促進の話題として相応しい
かどうか甚だ自信がないのだが、これらの技術的な見解は読者にお
任せするとして、今回はトヨタがこの訴求を行うに至った考え方や
背景について推察し、そこから垣間見えてくるこの巨大企業につい
て言及してみたいと思う。

すべからく大企業というものを説明していくことは難しい。取り合
えずこのトヨタという企業について出来るだけ客観的にかいつまん
でみるところからはじめることにする。


2 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:00
トヨタには、かつて自らを「三河商人」と呼んだように、健全な経
営でありながら吝嗇、冒険より堅実さ、といったような印象があっ
た。

その基本的な企業運営について述べるとき、地元資本、いわゆるプ
ロパーによる幾重もの全国ディーラー網の展開と、その撫育を図っ
てきたことにまず触れなければならない。これによって築きあげら
れた国内の営業基盤は非常に強力で、トヨタ流マネージメントのひ
とつの根幹要素である。比較論的に現在の日産を引き合いに出すの
は可哀想かも知れないが、その全盛時からの凋落の原因を長期的な
視点で眺めると、商品や技術力そのものよりもトヨタとの営業力の
差が大きい。「トヨタのほとんどのディーラーがプロパー故に自ら
利益を上げなければならない、と商売に本気になっているのに、日
産には直資ディーラーが多く、本社の顔色を窺いすぎて、肝心の顧
客の方を向いていなかった」という一部マスコミの指摘はこの場合
マトを得ていると思う。いきなり話題が逸れて恐縮だが、こんな話
があった。

かつて初代「セルシオ」の販売開始にあたり、トヨタはこの最高級
車ユーザー候補の“人種”を選ぶ方法を取った。すなわち、売り掛
け金の回収が困難になるようなユーザーには絶対売らないように、
という意志をディーラーに徹底したのである。商品への自信もなく
はなかったろうが、これが出来たのはやはり自らの営業力への大き
な信頼があったからに他ならない。


3 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:00
一方ほぼ同時期に出た日産のライバル車「インフィニティQ45」
は販売台数が当初から思うように伸びなかったため、途中からトヨ
タとは別の客層に販売し出してしまったという。結果、「インフィ
ニティを見かけたら、近寄らない方が良い!」とまことしやかに噂
されるほど“その種”のユーザーが多くなったらしい。

ついでに言えば、私の見るところ“コワモテ・インフィニティ”を
はじめ日産車、特にそのスポーツカーやスポーティカーのユーザー
には、どうもそういうユーザーが多いような気がするが、読者の意
見はどうだろう。

さてトヨタの企業観全体を見るとき、この営業力に加えて、研究開
発の分野では、幅の広い商品群と様々な技術領域を大きく包み込む
ように持ってところも見逃せない。

その最も大きな強味として、商品企画的な視点ではあるが、他社が
マーケットで評価を得た分野、或いは技術などに対してすばやくこ
れらに追随出来るというふうに概観出来る。これは経営効率的に誉
められた状況ではないのだろうが、「いつでも、どんなものにも追
撃する」という他社への無言の圧力には充分なりうる。軽率にモノ
は言えないが、我々が他社(トヨタ)よりも研究開発において“ス
ピード”を求められる道理もこの辺から出てきていると思われる。
但し、これはあくまで未開拓、もしくはそういうことはあまりない
のだろうが、遅れている領域だけに限ったことであって、話題の
リードしている分野におけるトヨタの強さが尋常ではないことは私
がいちいち述べることではあるまい。


4 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:00
またトヨタ研究開発陣の考え方には、信奉に近いくらいの“ユー
ザー意識”があるように思える。一、二年前にトヨタ第二開発セン
ターが発行した小冊子「ラウム開発秘話集」の中には“エンドユー
ザーとの対話型開発”を作り上げた、という表現がある。それがど
のようなものなのか具体的に述べられていないのが残念だが、前述
したような、地場資本ディーラー網による顧客との密着志向などを
貫き通しながら、さらにもう一歩ユーザーに向けたクルマづくりを
行っているところが、並みの大企業とはひと味もふた味も違う「強
さ」あるいは「抜け目の無さ」とも言える企業としての特色を感じ
る。

生産の分野について、私の知識は読者に遥かに及ばない。従ってこ
こで多くを述べることは出来ないのだが、大きく見ると、意外に効
率の良くない生産を行っている印象を受ける。台数あたりの利益と
いう数字が最近マスコミ記事に散見されるようになってきたが、決
して誇れるような数字になっていない。軽がるしく言えないが、抜
け目のないトヨタと言えどもあれだけの企業規模になると、トータ
ルとしての生産効率は落ちてしまうのか、と考えざるを得ない。

とはいえ、現実に沿って物事を進行させていこうとする運営方針、
強力なディーラーの営業力、分厚い研究開発体制、加えて無借金経
営と称される豊富な資金など、経済通ならずとも企業としては一見
磐石である。何にしても、大変な会社が頂点に立っているものであ
る。


5 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:01
野人閑話 <98-3>

GOAとECOから垣間見る巨人・トヨタ <2>

3年前の96年末、それまでこのガリバー企業が十何年か誇ってい
た国内40%以上の年間乗用車マーケットシェアがついにこれを下
回った。

トヨタ経営の寄る辺がマーケット・シェアに基づいていることは多
くの人が指摘するところである。少なくとも国内においては「販売
台数が減ってもシェアは落とさない」を運営の鉄則としているとも
聞く。このことを私自身で納得出来る機会があった。時間が飛ぶが、
98年初頭の新年記者会見で奥田社長が“社員が危機を危機と感じ
ないことが危機だ”と述べたのである。トヨタはこの前年、2年連
続で国内乗用車シェア40%を割り込んでいた。そんな時の会見
だったのである。この記事を読んだトヨタの社員は誰しもが“社長
が危機というからには40%割れが危機なのだ”と思うだろう。こ
れは私に「やはりトヨタはマーケットシェア至上主義であったな」
と思わせるに十分な記事であった。

シェア何%などという数字設定は、実践的な目標として社内の多く
の人間にわかりやすかったり、一見自社へのロイヤルティを高める
ように感じられるが、働く者の意識として心を落ち着けて考えてみ
ると、全ての運営方針、営業力強化、ユーザーへの意識といったも
のが、結局は“シェア獲得のため”という考えに帰着し易い。遠い
時代の人間ならともかく、現代人に対してこういう考え方を押しつ
けるというのはどうなのだろうか。


6 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:01
企業に勤める者にとって、マーケット・シェアや売り上げ高のよう
な類への“こだわり”(私の嫌いな言葉である)を持つことの不健
康さは、企業全体で為した数字を「個人責任」と感じてしまったり、
或いは“理性”ではなく“感情”で捉えてしまい易いという、人の
気持ちの持ち方に出てくることを認識したい。大切なのは企業とし
ての純粋かつ明快な思想、それから発せられる普遍的な目的であり、
働く者の心を落とし込むものであってはならない。

トヨタのそういう発想は明らかに前時代的で、良くない。

私はトヨタの国内シェア40%割れの背景を、以下のように概観し
てきた。

トヨタがディーラーの強化に力を注いできたことは前回述べた。彼
らにとってディーラーとは、メーカーと消費者の間に立って、かた
やメーカーのPRを行いながら、一方で煩雑な販売・サービス作業
をこなしつつ顧客の管理や下取りなどの面倒を見るという、ビジネ
スの「足場」としての位置づけである。それはまさに図に当たり、
分厚いディーラー網とスキのない商品の取り揃え、そしてトヨタ流
のヒエラルキーも確立しながら大きなマーケットシェアを得た。


7 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:01
ところが、技術の進歩によってクルマの耐久信頼性が格段に向上す
るのと時を合わせ、消費者心理として、クルマをこれまでのシンボ
ルから、生活におけるひとつの“道具”として意識するようになっ
てきた。単純な商品的観点からはクルマの相対的な価値観の低下で
もある。

次に、貿易国家としての立場上輸入車が増え、より様々なブランド
への興味を消費者が必然的に持つようになってくると、ユーザーは
広い選択肢を持つことになり、同時に国内メーカーに対するブラン
ド認識は希薄化する。個々人でその濃淡はあろうが、本来的に日本
人の海外製品を見る目には理屈抜きの“憧れ”が強く、これが国内
メーカー認知度をさらに弱める。

加えて日本人が持つ“価値観のアメリカ化”というものが、まるで
野火が燃え広がるように進んでいることも見逃せない。特に若い人
達に多いようだが、要するに販売価格以外、必要以上にディーラー
へのサービスをもとめる必要がなくなってきているのである。極論
すれば、このままではやがて人々にとってディーラーとは、所詮
‘モノを売るところ’程度の“コンビニ”感覚的な認識しか持たな
くなるだろう。事実そういう類のビジネスが我々を含む国内のメー
カー間で進行しつつある。技術の発達がそれのみならず従来の商売
の常識をも変化させることにつながっているのである。


8 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:01
これらの意味するところは、考えるほどにトヨタにとっては重大な
ことであろう。ユーザー側の意識が変化しているということは、つ
まるところ、これまで苦労して築いてきたディーラーの強味を大分
割引、或いは今後著しく弱めるという、これまでやってきた彼らの
ディーラー強化の努力を水泡に帰させる結果を招いてしまうのであ
る。

またマーケットの状況というのも、幅の広い商品群をもつ彼らに
とって楽観出来ないことだろう。人々の価値観の変化というものは、
それまで築き上げてきたラインアップを見直さざるを得ないことに
なり得る。いくら大トヨタと言えどもそうそうラインアップの組み
替えは出来ないだろうし、だいいちマーケットにおける人々の価値
観の移ろうスピードと、商品開発のそれとが合致するとは思えない。
そして予想の見込みをはずしたらそれこそ身も蓋もない。

さて96年末、シェア後退の報告を受け、トヨタとしては意地でも
何らかの措置を講じなければならない、と当然考えただろう。そし
てその原因分析を懸命に行ったに違いない。それがどのような内容
であったか、部外者の私には知る由もないが、大きくは以下のよう
であったのではないかと推察出来る。


9 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:02
野人閑話 <98-4>

GOAとECOから垣間見る巨人・トヨタ <3>

それまでのトヨタは、率直に言って、宣伝・広告や広報などの対外
訴求に企業として力を注いでいたとは言い難い。訴求などしなくて
もクルマが売れているから、まあおざなりにやっておけば…と見え
たし、つまりそれだけ余裕があった、ということだろう。それが突
如として年間百億円といわれた「GOA」や「ECO」という巨額の費用
をつぎ込む対外訴求を始めたのである。

『一体なぜなのか?』

とまず思った。そしてしばらくして、こういう変貌の時期には彼ら
に内在する色々なモノが露呈しやすいとも思った。従ってこのめっ
たにない機会を捉え変貌したトヨタについてまとめておくのは、対
外訴求という自分の仕事を今後進めていく上で大きな位置づけをな
すものだし、ついで、というと申し訳ないが、厚かましくもこのコ
ラムで意見を述べていくことにした。但し私の知識では偏りがあり、
タイトルも訴求側から「垣間見るトヨタ」とした次第である。


10 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:02
さて、トヨタ首脳がこの大量広告投入の決断をしたプロセスはだい
たい以下のようなものだったろう。

きっかけは96年からのマーケットシェア後退であったことは疑いが
ない。
そしてこの企業のトップとなった奥田氏のキャラクターにも一因が
あったろう。氏は“イケイケの奥田”と呼ばれているそうである。
冗談か本当か、例のハイブリッド車「プリウス」の量産販売価格が
なかなか決まらず、担当役員がモメているところに出くわした奥田
氏が、事情を聞きつつ言い放った言葉が「『21世紀にGO』だか
ら215万円だ!」だったそうである。話には尾鰭がつくものだが、
この話、慣行にとらわれず何事も思い切って決断して行動する氏の
キャラクターを言い当てている、との評判である。

ともあれ次に、シェア後退の原因調査が行われたはずである。こう
いう時にはどこでもそうであろうが、いわゆるマーケティング調査
の結果報告があったろう。その中味を推察すると、大きくは:
1、トヨタの失ったシェアを拾っているのはホンダ。
2、そのホンダの新型車ラインアップはことごとくトヨタの車種と
競合している。

というものだったのではないだろうか。


11 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:03
話しが前後するが、これ以前から、前回私が述べた、“国産ブラン
ド・イメージの相対的な低下”という調査・報告が為されていたと
考えるのが自然だと思う。でなければ、ああいうタイミングであれ
だけ大規模な企業訴求活動は出来るものではない。

ここでトヨタ最初の(私の知る範囲でだが)大型訴求「GOA」の
決定に至るプロセスの要素を再現してみたい。当たり前だが、これ
は推測に過ぎない。が、実は私はこのストーリーの信憑性に意外に
自信をもっているのである。

A「実はシェア低下の調査をしましたところ、トヨタのブランド・
イメージの相対的な降下が見られることがわかりました」
B「で、何をしたら良いのか?」
A「トヨタ・ブランドの再構築に務めるのがまず先決かと・・・」

と、いうような内容のやり取りの後、決定者が…
B「商品に共通する技術の訴求がよい。そうすればブランドと商品
双方の訴求が出来るから一石二鳥だ」
A「かしこまりました…」

という主旨の会話だったろう。


12 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:03
やがて時代性を加味しながら、他社に優位性を持つ技術が慎重に検
討され、或いは自社以外の技術動向を調査しながら、先手を打つこ
ともめざしたろうか。結果当時社会問題化しつつあった衝突安全の
分野に白羽の矢を立てたのだろう。

このころは、苦節何年というホンダのエアバッグがこの分野のイ
メージを引っ張っていたが、衝突安全に関しては、実際はボディ設
計がキーであることに変わりはない。そこでこのエアバッグ信奉を
覆しながら、自社のボディ設計技術をいわゆる「GOA」と称して
訴求する方向が決定したと推察される。

ここでかねてから私が思っていたトヨタの甘い判断を指摘してみた
い。

トヨタとすれば、マーケットシェア40%復活を最終ターゲットに、
自社ブランドの認知向上をねらいつつ「GOA」の技術訴求に踏み
切ったのだろう。

だが訴求というものは、そもそも一企業のシェア向上などという、
企業エゴの要求を満たす効果はほとんど期待できないのである。訴
求の本質は“認知”という部分にこそあるもので、『だから売れ
る』という都合の良い方程式にはまず当てはまらないのである。

結果論的だが、彼らの技術訴求は社会的な認知を得た。が、最終
ターゲットであるマーケットシェアの40%復活には何の関係もな
かったということは、昨今の新聞や雑誌を見れば一目瞭然である。
曰く“トヨタ3年連続シェア40%割れ”“ホンダのディーラーに
GOAを下さい、という客現わる”


13 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:04
野人閑話5<99-1>

GOAとECOから垣間見る巨人・トヨタ <4>

これまで述べてきた状況を俯瞰視してみると、トヨタではそもそも
企業訴求をする準備をしていたのだが、その途中のマーケット調査
から“出てきた釘”ホンダを叩くという方向性が途中から重なった、
とみるのがよさそうだ。

ただ言えることは、それまでの現実的で吝嗇なトヨタと今回の『大
盤振る舞い』の決断を下したトヨタとではあまりにも考え方の違い
が大きい。尤も彼らにとって「GOA」と「ECO」で計200億
円という金額が「大したことはない」というのなら奥田氏就任の
“挨拶代わり”に、社長交代とそれに伴うトヨタの変貌を内外に印
象づけ、同時に希薄化しつつある企業イメージの向上、さらには大
規模な訴求をもって40%のマーケット・シェアに再度乗せること
をねらったということは大いに有り得るだろう。唯一、訴求の効果
をシェア復活にむすびつけたことが彼らの誤算であり、同時に大金
を払う代償があまりに大きいことに、果たして気がついているのか、
いないのかが今回の大訴求決断をしたトヨタの“おかしみ”でもあ
る。

ともあれ下記するようなその後の展開を見ると、個人的には上記し
たような理屈よりも、ムキになってと言おうか、マーケティング屋
なり、広告代理店などの言うがままに躍らされた挙げ句あれだけの
大量広告を打ったとか、失礼ながら認知効果という訴求の本質を知
らぬまま、自社のシェア復活という自己都合に大金を投じたと思う
方が、シェアの権化・トヨタらしくて、理解するにはおさまりがい
い。


14 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:04
その後彼らが打ってきた『ホンダ叩き』の手は生々しくて所員の
方々の記憶に新しいだろう。

まず、健全経営とは無縁のディーラーにおける値引きである。とに
かくホンダと競合したら、損を承知どころか常識をはずれた値引き
を行うよう指示を出したようである。これは健全な経営をもリード
しなければならない業界シェア・ナンバーワンの企業がやるべきこ
とでは、全くない。

加えてシェア復活ならずの後97年、それでも飽き足らなかったの
か、今度は全国のトヨタディーラーに衝突テストシーンのビデオを
配布して来店した一般客に見せるということもやりだした。ビデオ
の内容は自社車とホンダを含む他社車の衝突テストシーンを比べた
もので、この中で自車の優位性を謳い、それを顧客に見せたらしい。
このビデオはエキスパートに言わせるとずいぶんと“汚い”やり方
だったらしい。この法律に抵触するような行為を行わせたのは、
シェアという数字にこだわる小心者にしては随分思い切ったことだ
が、これまで繰り返し述べたように、彼らには「シェア至上主義」
という不健全な価値観がある。そういうモノを持っていたからこそ、
おかしなことを自己の中で正当化出来、そういう行動に移れるのだ
ろう。

少々訴求を離れたところで言うと、彼らは抜かりがないところも特
徴で、例えば「仮想敵」をつくる巧さもそのひとつだ。日産の長期
低落という現実に、トヨタの中には“ホンダという格好の敵が現れ
た”と見た人間も案外多かったかも知れない。

私は広報という立場からジャーナリストと付き合う機会を得る者だ
が、彼ら彼女らは異口同音に「トヨタは完全にホンダに焦点を当て
ている」ことを半ば常識化したように言っている。
企業スケールの点でホンダに働く者にとっては、とてつもない敵が
正面に現れた、と背筋がうすら寒くなるような気持ちにさせる状況
ではある。


15 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:05
この会社の技術や商品などで「さすが」と思わせるものが多いこと
はエンジニアの皆さんとの会話から教えていただいている。ただ、
やや無責任に言わせてもらうなら、彼らの印象はすごさというより
“抜け目なさ”というほうが合っていると感じる。

「ECO」のときに、『プリウス』購入時のユーザー負担を減らす
べく政府の補助金を引き出すという離れ業までやってのけたことは、
さすがナンバーワン企業、と表現するより、この“抜けめのなさ”
を端的に表している、と言った方が正しいように思う。

この抜けめなさを感じる原因には色々あろうが、私はトヨタという
企業についてまわる、江戸時代のような物の考え方にその一因もあ
るかも知れないと思っている。例えば彼らは“世襲”という、我々
から見ると遙か遠い昔の出来事を思わせる価値観を今だに持ち合わ
せているし、また私の記憶の範ちゅうで言っても、(家康が遥か後
世のトヨタと同じく三河出身ゆえ?)“豊田家への大政奉還”とか
“外様”とかいう表現を首脳が平気で使う。私は歴史の専門家では
ないが信長、秀吉が果たした歴史的な役割と家康のそれとを比べる
と、前者二人がそれまでの日本の常識を覆す“すごさ”を持ってい
たのに対し、家康はそれらを“抜けめなく”自己流で引き継ぐのみ
で、あとは『狸爺』的な現実的手法を取るのに留まっている。ばか
ばかしいがトヨタが天下を取った家康に何らかの価値を見出してい
るとするなら、この際“笑止”とだけ言っておきたい。


16 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:05
いささか脱線したが、トヨタというものを企業スケールなどの要素
を取り去って出来るだけ客観視してみると、やはり企業としての考
え方の根源的な中心には『シェア至上主義』というものが厳然とし
てある、と考えるべきだろう。その思考の周りに『顧客重視』
『ディーラー強化』『利益優先』などの考え方が張り付いているよ
うである。さらに勝手に付け加えるなら、それら周辺にある彼らの
考え方は、中心にある「シェア至上主義」の狂気に多少染まってい
るようである。

一般的に企業としての彼らの“こわさ”は、その『分厚い研究開発
体制』と『強力なディーラー網』にあり、思考としては抜けめのな
さを標榜しているということだろうか。

しかしながら上記した狂的な思考に走りやすい要素は「誰に噛みつ
くかわからない」といった類の“こわさ”のひとつにもなり得る。
我々にとってそういうトヨタの内包する狂気と、そういうトヨタが
巨大であるほど、そして環境や安全で一般に浸透したそういう「良
いトヨタ」像が一緒になることこそ、実は最も恐るるべき事態なの
かも知れない。

ともあれ私が「GOA」と「ECO」の訴求のやり方を通して垣間
見、実感してきたトヨタというのは、エンジニアの皆さんが技術や
商品を通して見るそれよりも、幾分か“間抜け”の度合いが大きい、
などと言うと或いは誰か私を叱る社内の方が出てくるのだろうか。


17 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:06
野人閑話

ニッサンを想う憂鬱 <1>

日産自動車がルノーと提携してかなりの月日が経った。
この間、新聞・経済誌等で色々な記事展開が図られてきたが、私が
見てきた範疇でそれらを振り返ると論旨はほぼふたつに大別される
ようだ。ひとつはルノーから送り込まれた「再建屋」カルロス・
ゴーン氏の思い切った日産再建策に対する賛否、もうひとつは同氏
が矢継ぎ早やに打ち出す再建策を、リストラという名の下で甘受し
なければならない様々な立場の人達、というものである。

私事だが、私は今から20年以上も前、中古で買ったニッサンブルー
バード2000GTX
というクルマのオーナーだった。このクルマには「L20」という、
往年のスカイラインGTRやフェアレディZ 432に積まれた「S20」型
エンジンの直系と称された、軽やかに良く廻るSUツインキャブ仕様
の直列6気筒パワーユニットが積まれていて、あちこちを存分に乗
り回していた。加えてこの頃の思い出というのも、このクルマとと
もに自分の中に大切に仕舞い込まれている。


18 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:06
日産にはだから、技術力のある会社という良い印象を持ったし、
「技術の日産」という当時の企業フレーズに対しても、ツボには
まったようなとても良い感情を抱いていた。従ってこれ1台のみ
だった日産車とはいえ、私は心情的に「ニッサン贔屓」だったと言
える。

しかしその好印象は企業人となり、惰性とはいえいくらか社会人と
して、或いは自動車業界という中で経験を積み、多少なりともモノ
を考えるようになってからは大分と割り引きされたものになってし
まった。

そしてこの会社がどうやら大企業病に相当蝕まれているらしいと
知ってからは、私の日産に対するイメージは、地に落ちた。そうい
う会社の作る製品には、ふだんはなかなか現れない「顧客への誠
意」という部分がつまるところ欠落しているのではないか、という
不信感によってである。

そういう複雑な思いを持ちつつ現在の日産について述べるというの
は、一方で病人の枕を蹴るようなものもあって気持ちの良いもので
はないし、ましてこの会社の内面に触れようとすると心のどこかに
ブレーキが掛かる。ただ、今の日産に対するマスコミの論評には前
述したようなふたつの域を超えるものがほとんどない。同じ国の、
同じ業界という身近なところに身を置く者の立場として、これを他
山の石ととらえておくことも必要なのではないかと思い、乗らぬ筆
を取った


19 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:06
日産のルノーとの提携は事実上の「身売り」といわれる。

ルノーとの提携前、既に日産本体が膨大な借金漬けで、これまた不
良債権を抱える大銀行からの資金調達が厳しくなり、何と全国の
ディーラーを経由して地方のJA(ちょっと前までは「農協」といわ
れていたところ)からいわゆる迂回融資を受けるところまでいって
いたことを、私は経済記者からこっそり聞いたことがある。

またこの提携の前に行われた“本社ビル売却”というのも、対外的
には体よく「社員に危機感を感じてもらうため」と言っていたが、
内情は資金繰りに困り果て「背に腹は代えられぬ」と、このレベル
の企業スケールでは“たかだか”とでも言えそうな目の前の“百数
十億円”のために、銀座にある自社ビルを売った、というのが笑え
ない真実だとも聞いた。

ともあれ、国内の経済状況が安易な資金調達を許さないようになっ
たのは事実としても、そのような状況に追い込まれるまで日産を放
置していたこの会社のリーダー達は、何よりもまずその責任のあり
かを明確にすべきであった。それをハッキリさせないまま、見も知
らぬフランスのメーカーに突然自らを売るという行為は「臭いもの
に蓋をする」式で卑怯だし、社会的に見ても、それにもまして従業
員に対して失礼というものだ。またこれらの失態を演じた“けじ
め”もついていない。


20 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:07
これらリーダー達の厚顔無恥に対する腹立たしさはあるものの、私
はむしろそこに日産が持つ体質というものをまざまざと見せつけら
れる思いがする。日産は何故そうなってしまったのだろうか。彼ら
をしてそうさせてしまったモノは一体何なのだろう。

つい先ごろ、この会社の前会長という人の発言報道があった。新聞
記者の「ツケを先送りした経営責任はなかったのか」との質問に対
し、氏は「(日産が)こうなったのは旧経営陣(自分のこと)の責
任ではない」と述べたという。どこかでこういう類の白々しい証人
喚問を見たことがあると考えつつ、ふとある自動車ジャーナリスト
が日産について、私に語った言葉が浮かんだ。

「あの連中は毎日会社で“出世ゲーム”をしているんだな。エラく
なることが目的なんだ。だから役員になれば“ハイ上がり”なんだ
よ…」 妙にストンと、腑に落ちる表現だった。

きっと日産も最初は他のところと同じように、“普通の”会社だっ
たと思う。最初からおかしな会社だったら、世間が必要とはしな
かったはずである。ではいったい、いつの間にそうなってしまった
のか。

次項では、日産が現在のようになってしまったこの会社の、土壌と
しての『企業風土』について考えてみたい。


21 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:07
野人閑話

ニッサンを想う憂鬱 <2>

目に見えないながら、企業にはそれぞれ独自の“風土”というもの
がある。

「企業風土」の定義などないのだろうが、少なくともこれを築き上
げる背景には、起業の精神や目的といった理想論的なものを原点と
して、それぞれの企業が生まれた国及びその文化的・歴史的背景、
或いはふつうの日本人にはなかなか実感できないが、“宗教”とい
う人間の行動を決定づけてしまうようなこともそれぞれの企業風土
が作られる中で、大きな要素になるのではないかと思われる。

企業風土とは、詰まるところそれぞれの企業に働く人間の「心根
(こころね)」に関する要因である。上記した理論的かつ客観的な
事柄を仮に企業風土を語る上におけるヨコの糸とすると、企業に働
くひとりの人間として現実的な心理要因をタテの糸と考えれば、企
業風土というものの基本的な“地味(ちみ)”が理解出来るような
気がする。やや性急なもの言いながら、これらヨコとタテの糸が織
り成して彩られるのがそれぞれの企業風土であり、これらは個々の
企業における心理的かつ裏面史的な特徴として形作られていくもの
と思われる。

すなわち企業風土とは、起業と運営の精神、そして企業活動を“事
実”として、歴史的な時間を辿りながら培われていくものであり、
これらが多かれ少なかれ働く者の精神に影響を与えながらさらに次
の新たな風土を作り上げていくと考えるのである。


22 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:08
そしてこの風土における地味の“成分”こそ、企業活動を通して無
言のうちに周囲に語りかけてくる『行動の思想』というふうに考え
ると、企業風土という、なかなか解釈しにくいものの本質が見えて
くるように思われる。

論旨がやや逸れるが、私は昨今日本を含む西側諸国の企業における
合従連衡の動きについて、新聞や雑誌などで取り上げられる記事を
見るにつけ、これを報じるメディアに対し強い不満を抱いている。

メディアというものの成り立ちを振り返ると、このカタチのない
「業種」には本来、中庸性と広い視点がその中心に据えられるべき
ものでなければならない。

にも関わらず、『どことどこがペアになり、次はどことどこが一緒
になる』といった“覗き見趣味的”な観点ばかり目に付き、本来あ
るべきメディアとしての「精神の多様性」をなかなか感じないので
ある。「精神の多様性」とは自由で柔軟な発想と言い換えても良さ
そうだ。


23 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:08
この原因のひとつは、現代があまりに経済論的な見方が優先され過
ぎていることにもあると思われる。現代メディアにとっての生命線
が、公共放送を除き、より良いスポンサー条件獲得のための視聴率
向上というところに落ち着いてしまっていることは論を待たない。
その結果日々懸命な生活を送っている視聴者/聴取者に向かって、
今の流行り言葉で言う“癒し”をねらいとして、彼ら彼女らの感情
的な欲望を満たすことに焦点を当てて多くの番組が放映されている
と感じざるを得ない。述べる側であるメディアの中味としての精神
が単一的なのである。無論全ての番組をそうと決めつけるつもりは
ないが、一般論的に平和な時代におけるメディアの課題が如実に表
われていると思う。

こういう姿勢、すなわち精神の中庸性を失い、また興味本位だけの
軽薄な視点からでは企業盛衰の、裏の事実のひとつとも言える「企
業風土」を客観的に述べることは出来ない。視聴者/聴取者の方向
からでしか多くを述べられないのが現代メディアの限界なのである。

叱られることを覚悟で言えば、企業経営も自らの家庭生活を送るこ
とも本質的な違いはない。お金が無ければ欲しいものは買えないし、
従って我慢するしかないのである。我慢出来ずにお金を借りて今モ
ノを買っても、やがて我慢しなければならないときが必ず来てしま
う。これは紛れもない経済/経営の大原則である。


24 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:09
経営論的にニッサンの経営陣はこういうことにすら気がついていな
かったのか、経営的に不毛かつ過剰な競争意識を気持ちの中に住ま
わせてしまったのに違いない。エンドレスの経済成長を幻想する
“バブルの発想”とでも言うのだろうか。尤も私はこういう、どこ
か自分の責任を転化するような表現は、あまり好きではないが。

ともあれ、企業風土の“地味(精神・思想)”を気づかないうちに
じわじわと腐らせるようなこの考え方は、いつの間にかニッサンの
風土の中に入りこんできてしまった“毒素”と見ることが出来よう。
多くは経営陣の責任に帰するものであろうが、一方で雰囲気に左右
される日本人特有の心理からして、元々そういう意識を許容するも
のがこの会社にはあり、それがバブルの時期に社員を含む総員の意
識の中に沈み込んでしまい、無意識の発想となってしまったものと
みることも出来る。ヒトは無意識を常識と同じ意味に捉える。本来
疑うべき事柄を疑わなくなるのである。

いずれにしてもこの毒素は、心理的には強すぎる自我意識(自己顕
示欲と同根ではないかと思うが…)から生まれるものであろう。


25 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:09
野人閑話

ニッサンを想う憂鬱 <3>

企業風土というテーマを、ニッサンを語る上でひとつの“くくり”
としたのは、これまでこの会社が社会的に提供してきた様々な話題
を見聞きするにつけ、どうも表面に表れてくる以外のところ、つま
りは企業における気風というものが原因のひとつではないかと感じ
たからである。

彼らの、企業としての足跡を辿ると、社会変化に対する対応が実に
鈍い印象を感じるのは私だけであろうか。直近の例を挙げてみても、
例えばあれだけディーラーの体質に問題があるとされてきたにも関
わらず今ごろになって、しかもルノーから送り込まれたヒトの命令
でやっとディーラー網を再編し出した。またトヨタが何年か前に積
極的に外国人デザイナーを登用し、(むやみに外国人が良いと言う
つもりはないが、少なくともユーザー評価として)今日の成功を収
めているのに対し、ニッサンはデザインに課題があると長い間言わ
れ続けた末に、これまたルノーのヒトの命で、最近時急遽外国人デ
ザイナーの雇用に踏み切った。彼らに関する経済欄的な話題を見る
につけ「今ごろこんな施策を打っているのか」と、呆れる思いのす
るのは私だけであろうか。


26 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:09
ニッサンの場合、いわゆる“R32”と称された三代目「GTR」で見せ
た、こちらに“技術者魂”を感じさせるような仕事には素直に感動
させられ、実に素晴らしいと感じさせてくれる一方、そういうとこ
ろ以外の、例えば企業運営や施策といった、将来を考え、先手を打
たなければならないような一見地味でいてしかし重要な「オトナの
判断」という場面では常に鈍重で、企業としての感性とか思考の柔
軟性といったものをまるで感じさせない。

そういう心根の偏りがこの企業の中の気風となり、働く者ひとりひ
とりの中に沈み込んでいるのではないかと思った。

大きな企業になるほど、個別の部署に対する命令ならともかく、会
社全体に関わるような命令を下しても実際はなかなか思うような動
きは見せない(と感じる方も多いだろう)。ニッサンにも人はいた
はずだろうから、危機を悟った人達の間では色々な議論も多かった
と推察する。

だが先回にも述べたように、この企業の元トップは今のニッサンを
眺め、そこで自ら果たしてきた経営に何らの責任も感じないと放言
した人である。好意的な解釈をするとしても、そういう人のもとに
いれば、正常な人でもその心根に偏りが生じてしまうし、常識的に
はそれ以前からそういう気風が企業風土の中に毒素として含まれて
いたと考えざるを得ない。


27 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:10
企業を動かすのは命令ではなく、それを受けて動く“人”である。

大企業では、全体を動かすことだけで大変なのに、企業人としてモ
ノを考える神経がおかしな気風に犯され、働く者の総意に危機感や
自らの企業を思いやる者が少なくなっていれば、体としての企業が
動く道理はない。

他意はないがこのようになった原因の例を敢えて言えば、“全てを
わかったような顔をし、企業論理でもって全てを押し切って命令す
るようなこと”がこの会社には多かったのではないか。
言わずもがなではあるが、こういうことは何度もやってはいけない。
なぜなら命令を受ける側の神経というのは、命を下す側の気の持ち
よう、論法に対し非常に敏感であり、あまりそういうことを続ける
と上からの命令がともすると働く者の純粋な意欲をも一緒に削ぎ
とってしまう可能性があるからに他ならない。恐らくこれまでの
ニッサンには、そういう類のことが色々な場面で数多くあったので
はないだろうか。その結果ニッサンに起こったことはマネージメン
トと現場との剥離であり、さらにそれに輪をかけた現場の厭世感と
いうものが、彼らの企業風土を犯す毒素の要因であるように思える。

直截的な表現で恐縮だが、現在のニッサンを動かしているものは働
いている人達の“倒産の危機に瀕している”という認識しかない。
そこいらあたりはルノーから来たヒトのやり方が現在のニッサンに
合っているのかも知れない。


28 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:10
私は今回の両社の提携を冷ややかな目で眺めてきた者である。ニッ
サンはその歴史を積み重ねてきた過程で、起業の精神を腐らせる企
業風土を育ててしまった。それはまたオトナの冷徹な論法で行わな
ければならない企業運営を出来なかったことでもわかる。

現在のニッサンが打っている施策は、この企業が置かれている状況
からすれば実に当たり前なことばかりだ。真の再建の成否はルノー
の人云々ではなく、この企業がどうやって変わり果てた風土を耕し
直し、起業の精神を蘇らせながら本来的に持っている潜在能力を発
揮させるかにかかっている。そしてニッサンにそれを感じたとき
我々は新たな局面を迎えることになるだろう。

当初記したように、私は心情としてニッサンファンであった。そし
て今、ニッサンは経営の危機に瀕している。だからあまり露骨にこ
の会社のことをあげつらうことは避けようと思っていたし、なるべ
く原因となった要素のようなものだけを掘り下げて述べようと考え
ていた。

しかしここで述べる意見を考えているとき、『これは決して対岸の
火事ではない』という気持ちが、ふと起こった。今、ホンダは経済
論理的に“勝ち組”である。それゆえに私が考えているようなニッ
サンの抱える問題が我が身に顕在化していないだけなのではないだ
ろうか、と。

そう思ったとき私の憂鬱感は、少しその重さを増したような気がし
た。


29 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:19
続編のF1話は以下へ。
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=f1&key=960808549


30 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:27
程度の低い2chの厨房どもには話が分からんと思うぞ、難しくて。


31 :名無しさん:2000/06/12(月) 20:35
Q:インターネット文化が長年培われた自動車の流通機構を変える触媒に
なるというご指摘ですね。
A:インターネットが、とかく保守的になりがちな人間の思考過程を変え
ていくというように思えてなりません。このトレンドは最早止められな
い。問題は、その流れに乗っていかに商売をするかということにあるの
ではないのでしょうか。


32 :ちょっとリンクして1:2000/06/12(月) 22:10
IT革命、流通の革命である。
はたして、この革命と言うのは、沈みきった産業に一筋の光明をもたらす
ものであろうか。いや、すべてには、やはり、当てはまらない。

流通の迅速化、仕事の能率化、というものは、企業の基礎体力ですらある。
それがしっかりしていないところは新しい技術、新しい風潮にはなかなか
乗りきれない。いや、乗りきるどころか返って疲弊するのではないだろうか。

企業体質としてのあり方も、雇用の段に見極めなければならなかったのではないか。
日本風土の特色(政治なども含めて)すべて縁故、にたよるところが大きい
というのも問題を大きくさせるひとつだ。
かのひとが「ホンダ」を例に出したが、ホンダは一度倒産という憂き目をみて
いる。一度負けている企業なのである。それは、技術者の集まりであったためで
あるし、現場とトップのズレが生み出したものだ。しかし、それを乗りきり、
もうひとつの結束に昇華させた。そして、現在の勝ち組としての地位があるわけ
である。これも社風がこういう技術屋の集団、と言うこともあるだろうが、
イタリアにとってのフェラーリのように、ひとつの熱狂的ファンが存在するという
状態に持っていくカリスマは技術が民間に手の届くところで供給できなければ
得られないものでもある。

また、いままでにおいて負け組、となったことの無いトヨタは帝王学、と言うべき
ものを企業体質としてすでに持っている。
しいて言えば、大量の物量を均等にしかも人間の目に付くところ、ハードではなく
ソフトウェアの開発に力を注いでいたように思う。
企業のソフトの開発とは、人材、環境、である。メカ的には1流ではなくても、
けっして2流ではない。その感覚が鋭いのだろう。そして、全体としては1流と
いう非常に企業としてのあり方が明確なものである。


33 :その2:2000/06/12(月) 22:12
話を特定の企業の昔話にもどるのはよそう。本題に戻ろう。

流通革命とは、現段階では出荷のスピードアップにしか機能していないのが実情だ。
つまり、今までの問屋制、代理店制にかわるダイレクト販売としての顧客開拓、
これにしか機能していない。
しかしながら、流通の「溜り所」は今までたくさんあったのであるから、それが
無くなっただけ、その分の利益が元メーカー、企業に有利に還元されている所
なのだ。代理店制は安定した出荷が見こめる反面、企業としては代理店に支払う
(原価サゲなどで引かれている)利益はかなり大きく、それが無くなるとそれだけ
でかなり企業に体力が戻ることになる。と思われる。
はたしてそうだろうか。そううまく行くのであろうか。
コレも残念ながら、条件付なのだ

34 :その3:2000/06/12(月) 22:13
なぜなら、この流通革命にはお決まりのことがある。これは、情報のスピードアップ
などにより、ある意味で広告媒体よりも速いスピードで浸透してしまうユーザー側の
情報の一人歩きが激しい。ソレばかりか、今まで隠せてきたこと、言わなかった事実
など、企業にとって不利な材料も多くは外部に漏れてしまうことになった。
スクープxなど雑誌に故意にリークなどしなくてもユーザー同士のリーク劇により、
企業のの思いもよらない状態になっていくことがあるからだ。
そうなれば、頼りにしていたところで押さえられていたユーザーが直接メーカーなり
に発言力を持ってくるのである。
そして、エンドユーザーとの直接取引きは、すでに仕事に疲弊した社員をより過酷に
酷使せざるをえない状況に追いこむ。代理店制、販売店制にまかせたツケだが、それ
が企業にかかると、企業としては計上利益を上げているにもかかわらず、社員に
還元されること無く、社員はただやみくもに仕事に追われることになる。
外部からの情報を遮断されていた社員にとっては現実のユーザーの声とは痛く、それ
に対応するのにつかれてしまう。また、流通がある程度スムーズになったことで見かけ
の売上は上がったりするのだが、社員は無意味に仕事に追われている感触しか残らない。
そして、その見かけの利益は疲弊しきった会社に還元されてしまう。
社員に還元すれば、まだ救われるのだが事実上の合併吸収という状態では株主を納得
させなければならなくなってしまうからである。
その結果、優秀な社員はどんどん外部に流出、という事態を引き起こしてしまうのである。


35 :その4:2000/06/12(月) 22:16
考えなければならないのは、会社は儲かるためにある。ということが前提であるが、
社員は利益の上に働くためのステータス、プライドというものが必要になる。
悲しいかな、プライドがもう少しあればもっとがんばれたのに、と言うことでも
プライドが無い社員、人間はここぞ、と言うときにふんばれない。
自分に自信が無いため、人の言うことの影響をもろに受けてしまうのである。
かつてホンダが「FFが世界のスタンダードになる」といったときには誰もが鼻で
笑ったと聞く。しかし、どうだ。スポーツする車ですらFFになりつつある。
(私はFFがいいとは思わない。が、こと乗用車であるなら、FFでいいと思う。)
鼻で笑われてもCVCCシビックを世に送り出したおかげではないか。
たいするにかのニッサンはどうであるか。KPGC110のGTRが200台弱しか
生産しなかったのは、技術に対する遅れもともかく、そこで守るべきプライドを自ら
折ってしまったというのは後々に遺恨を残してしまったと思う。
そして、それらは逆に敗北のしるしとして封印せざるをえなかったのではないか。
しかし、R32でそれは開花してしまった。そのときにニッサンは初めてトヨタの
商売のし方を学んだのである。Rが一人歩きしてしまい、それらを新たなステータスに
バネをつけたつもりだった。ところが、GTRはその後、ニッサンの金食い虫となって
しまった。開発に継ぐ開発、投資がかさみ通常では考えられない予算を消費してしまった。
それらはすべてGTRという王冠を手放したくなかったと言うことに尽きるだろう。


36 :その5:2000/06/12(月) 22:17
GTRは特別な車でありつづけたい。それが逆に「大衆」むけへの開発をおろそかに
してしまい、ここに至るのではないだろうか。
若さの象徴でもあろうが、若者にとって車は一番大きな消費物である。
高級嗜好化し、肥満していったのはボディではなく価格だった。
R31の失敗をまた踏んでしまったわけである。
そして、GTRで勝つことでステータスを上げようとしたメーカーはバブルの終焉と
ともに消費の波から遠ざかってしまったのだ。
そして、今現在のニッサンの現状がある。


37 :最後:2000/06/12(月) 22:19
流通革命によって仕事は増えてしまう。それは、やる気の無くなった社員の気力を
いっそう低下させるものである。
てこ入れをしないとまずいのではないか。絵に描いた餅をちらつかせ、ノルマ達成
ならごほうび、というぐらいでは収まらないのではないか。
会社を整備するよりも社員の心を汲んであげることが大事なのではないか。
ゴーン社長にそれができるとは思えないが、期待するしかない。
それができなければ、ニッサンはコレから先、小手先でしか物を作れなくなるだろう。
社員がなにを望んでいるか、それは、商品の流通革命、よりも社内の情報革命のほうが
先なのではないか、と思う。
これから先、ニッサンとしてなにが造っていきたいか。
ステータスシンボルにGTRでいいのか。
なにかを忘れていないだろうか。
それを思い出せない限り、かつてのニッサンは帰って来ないだろう。
ルノーの販売店でしかなくなるニッサン、そのような姿が目に見えてしまう会社に
はたして社員はどのような夢をかけと言うのであろう。

ともあれ、ニッサン包囲網は着実になってきている。
それは、プリンスを奪い取ったニッサンのそのまま弱肉強食の縮図のようで少し
悲しくなった。


38 :勝手に:2000/06/12(月) 22:21
勝手にスレ汚してごめんなさいね。

また、ニッサンを例に出して入るものの、これはどの企業でも、
あてはまる、ごく不変的なものですから、いろんな会社にあて
はめてみると面白いと思います。


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