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清(後金)スレッド

1 :ヌルハチ:2000/03/09(木) 10:43
史上最大の中華帝国について語るのだ。

チベットもモンゴルも台湾もウイグルも満州女直のものだ。
漢民族は属国に過ぎぬ。

2 :西太后:2000/03/09(木) 11:14
満洲国について語ることは禁ずる。逆らったら死刑!

3 :発掘屋:2000/04/24(月) 07:24
挙げる!

4 :アルテ:2000/04/24(月) 22:39
じゃあ、私から議題を提供しましょう。
@ 同治帝の死因は天然痘か梅毒か?
A アルテ(同治帝正妻)は西太后によって殺されたのか?
B 宦官安徳海の偽宦官説は本当か?
C 珍妃は本当に西太后の命令で井戸に沈められたのか?
D 清朝で最も偉大な皇帝は誰か?
さぁみなさん、Let's 議論!

5 :追加:2000/04/25(火) 00:38
E中国史への興味が偏った日本人に説教して警鐘をならす
田中○樹は、なぜ清朝時代の作品を書かないのか?

6 :名無しさん:2000/04/25(火) 20:09
@ 同治帝は密かに宮殿を抜け出して売春宿に通ったそうです。

C故宮に珍妃井という井戸があるそうです。たぶん本当だろう。

D清朝最高の皇帝はいうまでもなく康熙帝だろう。
中国史上でも1、2を争う名君です。
彼の母は漢人八旗の出身で、自分は半分は漢人だといったそうです。
金庸の「鹿鼎記」を読むといろいろ書いていますよ。かなりフィクションも入ってるけど。

どころで、この板でまともな中国史スレッドになかなかレスがつかないのはなぜ?
世界史板ならすぐつくのに。悪貨が良貨を排すってことっすか。

7 :ABC:2000/04/25(火) 22:18
康煕帝はあまり女性に興味がなくて勉強ばかりしていたみたい。
康煕字典は東洋のオックスフォード辞典と言われるほどのもので、
日本の漢和辞典の索引方式は全てこれをモデルとしているらしい。

8 :>7:2000/04/25(火) 22:29
康熙帝にはあんなに子供がいるのに
女性に興味がなかったの?
信じられん。

9 :名無しさん:2000/04/26(水) 16:50
こないだ見た香港映画によれば乾隆帝はしばしば城外に秘かに作った
ハーレムに後年までしばしば通っていたそうな 本当かな?
多分そういう噂は本当にあってこんなものも売っている(笑)
http://www.yahooo.co.jp/h2019.html

10 :>7:2000/04/26(水) 18:48
それって、雍正帝のこと?

11 :名無しさん:2000/04/26(水) 20:38
雍正帝についていろいろ噂がある。
血滴子という秘密警察を作ったとか、呂四娘に首を取られたとか、
即位出来たのは先帝の側近だった母方の叔父に皇位継承の遺言を改ざんさせたとか、
乾隆帝は実は本当の子ではなく、生まれたばかりの娘を同時に生まれたある大臣の息子と交換してその男の子が乾隆帝だったとか(他の王子との後継者争いで優位に立つためには男の子が必要だった。)

12 :>11:2000/04/26(水) 20:55
金庸先生の小説にもありましたね、たしか。
雍正帝にはたしかにダークな面がある。
弟の皇子たちを誅殺したとか。
本当かなあ。

13 :>12:2000/04/26(水) 21:26
多分、うそです。

14 :名無しさん:2000/04/26(水) 22:32
いや、雍正帝は陰険で有名だよ。

15 :名無しさん:2000/04/26(水) 22:38
雍正帝は陰険というよりはすごく厳格な人。
自分にも他人にも厳しい。
死因が過労死なんて言われる皇帝は彼くらいなもの。

16 :>14 15:2000/04/27(木) 21:24
康熙帝が、孫の乾隆帝を寵愛していたがために、
まず乾隆帝の父親の雍正帝を後継者に指名したらしい。
だから雍正帝が康熙帝の遺言を改竄したというのはあやしい。

17 :名無しさん:2000/04/28(金) 19:48
清朝について書いてある本などを教えてください。

18 :15:2000/04/29(土) 01:14
>16
そのレスって11宛じゃないの?

19 :>18:2000/04/29(土) 14:41
そうでした。ごめんなさい。


20 :乾隆帝が:2000/04/29(土) 21:01
漢人だというのは、反清文人のでっち上げとしか思えないんですが。
漢文化に心酔して、自身も一流文人だったけど、
北魏の孝文帝のような漢化政策はやっていない。

清朝についての文献といえば
宮崎市定『雍正帝』を挙げます。入手し易いし
面白い。雍正帝はなるべくして後継ぎになったような気がする。

21 :>20:2000/05/01(月) 09:51
孝文帝の「漢化政策」を、いわゆる漢文化への憧憬と
とらえるのはいかがなものか。

22 :>20:2000/05/02(火) 21:02
『雍正帝』よみました。
とってもおもしろかったです。
いや、あんな皇帝がいたなんて……。この本、専門家からみると
どうなんでしょう?

23 :名無しさん:2000/05/04(木) 12:55
清朝だけでなく後金時代の事も話題にしません?

24 :>23:2000/05/07(日) 19:44
ヌルハチって……。

25 :質問です:2000/05/15(月) 11:16
 清朝皇帝の苗字「愛新覺羅」は、
 教科書や本で見た処、
「覺羅」の上にルビで「ギョロ」と振ってます。
 これは<満州語>読みなのでしょうか?
('ピンイン'では「jueluo」となってた。)

 ついでに「汗」は「ハーン(ハン)」なのですか
 それとも「カーン(カン)」なのでしょうか。

26 :>25:2000/05/15(月) 12:47
「覚羅」は満洲語表記では「gioro」。
「汗」については、杉山正明氏の概説書を参照のこと。

27 :>25:2000/05/15(月) 12:51
満洲語表記では「gioro」らしい。

28 :>26@` 27:2000/05/16(火) 19:10
 有難うございます。
 でも「gioro」は日本人が聞けば
   「ギョロ」と聞こえるのでしょうか?
 満州語のローマ字表記が不明でしょう。

「汗」については調べてみます。
 でも杉山正明氏の概説書って何

29 :>28:2000/05/16(火) 19:24
一般的な満洲語のローマ字表記が「gioro」らしいです。


30 :名無しさん:2000/05/17(水) 18:24
 

31 :>25@`(28):2000/05/19(金) 10:00
「女真」も「ジュルチン」ってルビが振ってましたけど、
 満州語のローマ字表記はどうなるのでしょう?

「汗」についての、杉山正明氏の概説書が見付かりません。
 継続・・・

32 :>31:2000/05/19(金) 20:29
ひょっとして、中央公論社の世界の歴史シリ−ズ?

33 :25@`28@`31:2000/05/20(土) 12:05
>32
何が?

34 :名無しさん:2000/05/24(水) 21:09
↑ いや、中公の概説で杉山氏がなんか説明していたような。

35 :多謝:2000/05/25(木) 10:21
早速、調べてみます。


36 :名無しさん:2000/05/27(土) 14:05
関係ないけど、高木彬光『ジンギスカンの秘密』は笑った。
「ジンギスカン」=「汗」=「水」「干」=「水干」=「白拍子の服装」
「白拍子」=「静御前」=「源義経」=「ジンギスカン」って、
どんな理屈だ。

37 :名無しさん:2000/05/27(土) 21:28
>36
確かに笑ってしまった。
>どんな理屈だ。
屁理屈ではいかが?

38 :名無しさん:2000/06/05(月) 21:51
>36
(爆)。

39 :でも:2000/06/07(水) 19:28
略完全に漢化しちゃいましたね・・・

恐るべし中華。


40 :名無しさん:2000/06/07(水) 20:49
>39 意味わかりません。

41 :名無しさん:2000/06/08(木) 05:14
少数民族たる満州族が圧倒的多数たる漢民族に飲み込まれて
結果的に満州族という存在は無いも同然、
満州語も死語になってしまったってことじゃないの?
北帰したモンゴルは同化しないでいられたのにね。

満州国が理念通りにちゃんと運営されていれば、
まだ民族として生き残っていられたかも。

42 :>40:2000/06/09(金) 19:06
ごめんね。
下の41を参考にしといて下さい。
41サンありがとう。


43 :名無しさん:2000/06/09(金) 20:31
満洲族はまだ少数民族として大勢
いるでしょ?

44 :名無しさん:2000/06/09(金) 23:07
満洲族はたくさんいるし、習俗も残っている。しかし言語となると別。
大半は漢語を話すようになっている。
満洲語は黒竜江省の最北端で数百人のお年寄りによって話されている。
若い世代は聞けば理解できるが話せないとのこと。
ほかに、新彊のシボ族(シベ族とも。人口5万人)によって話される
シボ語は、満洲語の方言のようなもの。言語学的には満洲語そのものだ
が、政治的には別扱い。満洲文語とほとんど同じ文字で、教育や出版活動も
行われている。

45 :名無しさん:2000/06/10(土) 08:26
↑あなた、詳しいね。できればもっと教えて。

46 :名無しさん:2000/06/10(土) 11:39
↑俺も知りたい。

47 ::2000/06/10(土) 11:58
いまの満洲族っていうのは、清朝をつくった民族でいいんだよね?

48 :44:要望にお応えして・・・:2000/06/10(土) 12:46
満洲族は今中国で満族と呼ばれ、10年前の統計でも約1000万人。
中国では「民族」が行政単位として機能しており、公文書などで
身分を明かすときも「民族」という欄があり「漢」「蒙古」など
書かなければならない。父と母の民族が違うときはどちらかを選ば
なければならない。
今の中国は少数民族を優遇する政策を採っていて、じっさい特定の
食品が安く買えたり(回族は羊肉が安く買える、など)、大学入学
の定員も非漢族のほうが競争率がずっと低い(他に民族学院や民族
大学などもある)など、ある程度の優遇は受けられる。だから族籍
(と言えばいいかな)は満洲族のままで文化的に漢族に同化して
しまった人は確かに多い。漢族による少数民族差別はいろいろある
らしいが、満洲族は他の少数民族に比べれば一目置かれているので
はないだろうか。清朝の王侯貴族は満洲族だったわけだから。ただ、
現代の「民族」の概念だけでは清朝という超民族的性格も持った大帝国
の性質は語れないものがあることは皆さんご存じの通り。
満洲文語は清朝の宮廷や寺院の額や碑文でみられるほか、清朝の公文書
が多数保存されている。現代では満洲族関連の機関、すなわち満族
自治県、自治州や学校等の門柱に漢語と並んで満洲語で機関名が書か
れている。しかしそれを読める満洲族はむしろ少数だろうと思われる。

49 :44:48の訂正:2000/06/10(土) 12:50
満族自治県、自治州や学校等の門柱に
→満族自治県や自治州の役所やその地域の学校等公的機関の門柱に


50 ::2000/06/10(土) 13:07
↑ 大変参考になりました。有難うございます。

51 :↓満洲文字の実例:2000/06/10(土) 19:28
http://www.nacos.com/moji/85-3.htm

52 :名無しさん:2000/06/11(日) 04:40
1000万人もいるのかー。
じゃあ中国が混乱したときのどさくさで
東三省のどれか一つを貰って独立するってのも、
まんざらあり得ない話じゃないのかな。

53 :名無しさん:2000/06/11(日) 09:50
第二次大清帝国か?

54 ::2000/06/11(日) 11:23
参考になりました。
ありがとうございます。

歌手の那英も確か満族だった様な。


55 :名無しさん:2000/06/11(日) 12:31
わたしもしらなかった。

56 :名無しさん:2000/06/11(日) 13:20
愛新覚羅姓の人って、まだいるんだよね?

57 :名無しさん:2000/06/11(日) 17:39
でも、マンジュ族って、ダイチン国時代の支那人差別や
戦争中の対日協力が祟って、身分を隠してたんでしょ。
ダイチン時代に支那風な1字姓にしたから、黙ってたらわかんない。

1千万になったのかどうか知らないけど、急に増えたのは
隠してた奴等が、時効になったってんで、少数民族保護を受けようと
なのりでてきたんだろうね。

それに、中国が「満洲族」ってのを認定する基準は
旗籍にあったかどうかみたいだから
実は漢軍だったら漢族から満洲族に鞍替えできるんだよね。

58 :名無しさん:2000/06/11(日) 18:08
>57
用語の使い片からして、あんた専門家だね?

59 :江戸家ヌル八:2000/06/11(日) 19:31
age

60 :名無しさん:2000/06/11(日) 20:39
↑ (笑)。

「age」とは満洲語で貴人の意味(だったけ?)。

61 :名無しさん:2000/06/12(月) 01:07
>56
知っている範囲で言うと、溥儀の弟がその姓のままで全人代の議員だったし、
愛新覚羅烏拉煕春という名前(字はこれでよかったかどうか・・・)
の皇族の血を引く人が、10年以上前に「満語」の教科書を何冊か
出しています。この人は別に漢族風の戸籍名を持っているかも知れませんが。

62 :名無しさん:2000/06/12(月) 09:24
↑ 朝日選書『最後の公爵』参照のこと。

63 :名無しさん:2000/06/13(火) 07:03
>44
いま京大の大学院にシボ族出身の方が在籍されていて、日本人が満州語を習っています。

>61
愛新覚羅烏拉煕春女史は日本人と結婚され(何年も前にAERAで件紺式の写真といっしょに記事がでた)て、いまは福岡の大学の先生。


64 :名無しさん:2000/06/13(火) 10:20
なんか、ここマニアックだな……。
女史は乾隆帝から枝分かれした公爵家の子孫らしいぞ。


65 :名無しさん:2000/06/13(火) 14:56
うーん、続々と稀有な情報が・・・ありがたいことです。
>60
ageはもともと漢語の「阿哥」からの借用語でしょう。
男性の先輩・友人などに対する敬称とのことです。
「太子」という意味もあるようです。
「貴人」とも訳せますね。
(sageは手元の小辞典にはなし)

66 :名無しさん:2000/06/14(水) 09:17
>65
>ageはもともと漢語の「阿哥」からの借用語でしょう。
母音調和のルールに合っていないから、借用語でしょうね。


67 :名無しさん:2000/06/14(水) 19:13
>66 母音調和って何?

68 :名無しさん:2000/06/14(水) 21:07
>66
母音調和とかいう以前の問題として
阿哥をアゲたー読まんだろう。

母音調和トハ1ツノ単語ノ中ニ同時ニ存在デキナイ母音ガアルコトデス

69 :名無しさん:2000/06/14(水) 21:16
↑ よくわからない。

70 :名無しさん:2000/06/14(水) 22:09
ぬるはち。

71 :66:2000/06/14(水) 23:17
>68さん
66は60さんの、
>「age」とは満洲語で貴人の意味(だったけ?)。
というレスや65を承けてのものなので、話題は「シナ語と満洲語の
間の単語の借用」というものに移ってるのです。日本語の「あげ」
の話題ではないです。で、ローマ字に転写された時の満洲語の母音
eの発音は、日本語のエよりずっとピンインで書いた北京語のeに
近い発音です。満洲語ageとシナ語「阿哥」を比べるのはトンデモ
じゃないですよ。
母音調和とは、主にアルタイ諸言語に共通してみられる特徴で、母音が
いくつかのグループ(たいてい2つか3つ)に分かれて、一つの単語の
中に同じグループの母音のみを共存させようとする傾向です。
満洲語ではaは男性母音(陽母音)、eは女性母音(陰母音)なので、
ama「父」とかeme「母」のような単語はあっても、aとeが共
存する単語は少なく、あってもそれは使用された歴史の浅い借用語で
ある公算が大きいのです。
事実としてシナ語から満洲語への借用語は多いです。人名だと思われて
いるホンタイジも(漢字では皇太極と書かれていますが)元々は「皇太子」
の訛ったものだと思われます。(専門家の方、どこか違ってたら訂正お願い
します)

72 :名無しさん:2000/06/15(木) 20:33
↑ ホンタイジについては、まずモンゴル語と漢語が入り乱れて
逆輸入のような形で名づけられたと聞いた。
ちなみにホンタイジの母親は満洲族の中でも名門の家柄で、だからこそ
貴称的な名前が付けられた、らしい。伝聞ばかりでごめん。

73 :名無しさん:2000/06/15(木) 22:43
しゅるがち。

74 :名無しさん:2000/06/16(金) 15:19
シボ族というのは、清朝時代にウイグルへ官吏として移住した満州族の
子孫だそうな。
大抵の土地では弁髪が強制され、蛮族のダサイ習慣と毛嫌いされたのに対し、
ウイグルではエリートにしか許されず、あこがれの対象であったとか。

しかし未だに出版活動が続けられていると言うことは、当分は死語になる心配も
ありませんね。アイヌ語とはえらい違いだ。

75 :名無しさん:2000/06/16(金) 18:46
↑ 辺境防備兵として、無理やり移住させられたと聞いたが……。
あと、ウイグルって言い方はしないのでは?

76 :名無しさん:2000/06/16(金) 19:19
むるはち。

77 :名無しさん:2000/06/18(日) 11:07
ちゅえん。

78 :名無しさん:2000/06/18(日) 13:09
シボ族は鮮卑の血をひく、元々は満洲族とは別系統の民族だと、
何かで読んだ気がしたのですが・・・

79 :名無しさん:2000/06/18(日) 13:22
↑ 聞いたことある。センピの中国音はシボに通じるんだっけ?

80 :名無しさん:2000/06/20(火) 22:39
だいしゃん。

81 :名無しさん:2000/06/21(水) 20:57
まんぐるたい。

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