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1 :名無しさん:2000/05/09(火) 03:37
ないって肯定的に使われるときと否定的に使われるとき有るよね?
例:このTV壊れていない?→これは肯定的
  これは良くない   →これは否定的

この違いは何ですか?


2 :名無しさん:2000/05/09(火) 05:03
残念。違います。

>このTV壊れていない?

これは否定疑問。

>これは良くない

これは単なる否定。


3 :名無しさん:2000/05/09(火) 12:30
じゃあ、英語で言うと
Doesn't this TV have broken?
That is not good.
のちがい?



4 :よこれす:2000/05/09(火) 20:12
「このTV壊れていない? 」
は機能的には否定疑問で、形式的には「か」のような文節音の
形態に頼らずイントネーションだけを用いている。
「これは良くない」は機能的には否定文で、形式的には否定の助動詞
「ない」(文部省文法式にいうと)を使用。

ところで前者のようなイントネーションだけに頼った疑問文を
疑問符もつけずに書く文章を曲の歌詞カードやテレビの字幕や
小説・漫画のせりふなどでよく見かける。大変分かりにくい。
こういうのは必ず1さんのように「?」を文末に付けるように
教育すべきだと思う。

5 :4:訂正:2000/05/09(火) 23:49
・・・に頼らずイントネーションだけを用いている。
→・・・に頼らず疑問を表す手段としてイントネーションだけを用いている。


6 :名無しさん:2000/05/10(水) 02:38
どうして現代日本語では「あらない」(「ある」の否定)って言えないんだろう

古語だと「あらず」って言えるのに

7 :4>6:2000/05/10(水) 21:35
古語で「あらず」が許されるのは、名詞+断定の助動詞「なり」や
形容動詞ナリ活用などが係助詞などで「に」と「あり」に分離したときの
補助動詞「あり」の否定のときに限られるのでは?
たぶん存在の動詞「あり」の否定は「無し」としか言わないと思う。「非ず」
と書く場合も、上記のような「に」が念頭にあることが前提でしょう。

英語はそうではないけれど、存在動詞が否定辞を用いず独自の否定形を
持っているという言語は珍しくないですよ。日本語以外にも、
朝鮮語:issda⇔eobsda・・・an issdaとは言わない。
アイヌ語:an⇔isam・・・somo anとは言わない。違ったっけ?
印欧語以外ならまだまだありそうですね(印欧語にもあるかも)。
北京語の「有」の否定が他の動詞の否定のような「不有」ではなく
「没有」であることも、これに通じる現象です。

8 :4:追加:2000/05/10(水) 21:41
現代日本語にも「だ」が「で」と「ある」に分離する現象はあるけれ
ども、「でもある」の否定として「でもない」が許されてしまうので、
「*でもあらない」をつかう余地がないのだ、という理屈付けは可能
ですね。古典語と現代語は別の文法体系を持つ別々の言語なので、
「事実としてそうなのだ」と言ってしまえばそれまでですが。

9 :名無しさん:2000/05/11(木) 00:55
「あらない」って方言でも言えない/言わないんでしょうか。
「うちの地方では言う」って方、いらっしゃいません?


10 :名無しさん:2000/05/14(日) 08:30
僕は大阪ですが、
「あれへん」(もしくは「あらへん」)って言いますが、
これはちがうのかな。

11 :名無しさん:2000/05/14(日) 11:53
>10 「行かへん(行けへん)」が「行かない」だから確かにそうですね。
「そんなん、どこにもあらへんよ」ってふつーに言ってた!

12 :4@`7@`8:2000/05/14(日) 18:43
共通語と京阪方言とは、これまた別の文法体系を持つ別の言語(似て
いるとはいえ)と考えれば、後者がたまたま印欧語と同じように存在
とその否定を同じ動詞で表すとしても、それほど不思議な事でもない
でと思います。
むしろ言語普遍の観点からここで気になる事は「なぜ、存在を表す動
詞が、言語によっては他の動詞と違った形態論的(または統語論的)
振る舞いをすることがあるのか」でしょう。


13 :12さん<恐れ入りますが:2000/05/15(月) 02:26
> 存在を表す動詞が、言語によっては他の動詞と違った
> 形態論的(または統語論的)振る舞いをすることがある
について(具体的な現象を)簡単にまとめていただけませんか?

14 :名無しさん:2000/06/08(木) 19:29
12@`13さんの問題も重要ですが、ちょっとその前に、
1の人の問題提起に戻ろうよ。けっこう深淵だよ、この問題。
だって、
>このテレビ壊れてない?
という文は、単に、「<壊れてない>か?」つまり、「正常か?」と
聞いているのではなくて、むしろ、「壊れてるよね?」に
近いわけです。つまり問題は、この「ない」が単純に否定を
表しているわけではないということなのです。

15 :4@`7@`8@`12:うーんわかんないかな:2000/06/09(金) 03:54
>14さん
その問題は1さんの勘違いということで解決済みです。4のレスをもう一度
読んで下さい。分からない?ではもうちょっと説明します。
1)このテレビ壊れてない?
という文があなたの言うように、
>「壊れてるよね?」に近い
のはそれが「話し手が自分の発言内容に関して聞き手に確認を取ろうとする
態度」を含むからです。ここではそれを「確認」機能と呼びましょう。
例文1)をそれと似た形の文、
2)このテレビ壊れてないか?
3)このテレビ(は)壊れてない。
4)このテレビ壊れてる?
と比べてみましょう。1)と2)は基本的に同じ内容ですね。違うのは
疑問文を作る終助詞「か」の有無です。しかし1)は「か」が無くても
疑問文です。それはなぜでしょう。1)と3)を比べてみましょう。3)
は「壊れていない=正常だ」ということを表す否定文で、確認の意味
はありません。1)と3)の違いは1)が尻上がりイントネーション、
3)が自然に下降する平叙文のイントネーション(2)はどちらも可)
だという点です。 (続く)

16 :15の続き(約7時間ぶりですが):2000/06/09(金) 10:22
次に例文1)と4)を比べてみましょう。どちらも尻上がりイントネーションを
使った疑問文です。違うのは4)に「確認」の気持ちがないことです。
以上をふまえてこれらの文を「(関係する文法形式)→(文全体の機能)」
という形であらわすと、以下のようになります。
2)「ない(否定)」+「か(疑問)」→確認の疑問文
3)「ない(否定)」→否定文
4)「尻上がりイントネーション」→疑問文
そして、1)の「このテレビ壊れてない? 」はというと、
1)「ない(否定)」+「尻上がりイントネーション」→確認の疑問文
ということになります。1)に「確認」の意味が生まれるのは、「ない」
があるからというより、それが2)と同様に「否定疑問文」だからです。
否定疑問文に単純な疑問文にはない「確認」の意味が生まれるのは
どの言語にもあること。別に深遠ではありません。
(他の人が説明済みかも。15とつなげて読んで下さい)

17 :15@`16様へ:2000/06/13(火) 10:43
14です。15@`16さん、
丁寧なリプライありがとうございます。
僕が言いたかったのは、まさに、15@`16さんが指摘している
ことそのものです。
ただ、僕が「深遠だ」と言ったのは、なぜ「否定疑問文」が「確認」の
意味を持つのかということです。
「どの言語にもあるから深遠ではない」では、説明したことにならない
でしょ?なぜどの言語でも「否定疑問文」が「確認」の意味を表すのか、
説明しないと...。
同様に、
「行きませんか?」(勧誘)
のように、否定疑問文が勧誘を表すことがありますが、これも
いろんな言語にありますね。
僕が言いたかったのは、「否定疑問文だから」で終わってしまうのでは
なく、なぜ否定疑問文はこのように「疑問」とは別の意味を持ち得る
のか考えてみませんか、ということだったのです。
15@`16さん、このへんを扱った論文、ご存知ですか?


18 :4@`7@`8@`12@`15@`16あらため緑城咲野:2000/06/13(火) 14:11
>14さん
>僕が「深遠だ」と言ったのは、なぜ「否定疑問文」が「確認」の
>意味を持つのかということです。
>「どの言語にもあるから深遠ではない」では、説明したことにならない
>でしょ?

>僕が言いたかったのは、「否定疑問文だから」で終わってしまうのでは
>なく、なぜ否定疑問文はこのように「疑問」とは別の意味を持ち得る
>のか考えてみませんか、ということだったのです。

そうですね。同感です。何らかの言語普遍を反映していると見るべきで
しょう。心当たりの論文はありませんが、探してみたいと思います。
これを読んだ方で、何かそういう論文に心当たりがあったら教えてください。

19 :衝動派:2000/06/14(水) 12:45
太田朗「否定の意味」(大修館)p.624に少しありました。
肯定疑問文にも偏りが若干あるそうです。そこでの説明を
ここの話しに当てはめると、次のようになるかと思います。

「このテレビ壊れてる?」:
  僕はこのテレビは壊れていないと思っている。だが、本当は
  壊れているかも知れない。そこで「このテレビ壊れている」
  という命題は真ですか?と訊いている。「このテレビ壊れてい
  ますか?(僕は壊れていないと思うんだけど)」

「このテレビ壊れていない?」:
  僕は壊れてると思う。だが、もしかして、壊れていないかも知れない。
  そこで「このテレビは壊れていない」という命題は真ですか?と
  訊いている。「このテレビは壊れていませんか?(僕は壊れて
  いると思うんだけど)」


20 :補足:2000/06/14(水) 12:52
途中で、切れてしまった。

肯定文と否定文とでは、否定文の方が有標的。
そこで、単に「壊れてるか、否か」を訊く場合には、無標の肯定
疑問文が使われる。あえて、有標的な否定疑問文を使うと、そこ
には、19に書いたような、話者の持つ前提に同意を求めるような
意図が込められる。

ということらしいです。


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