5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

征夷大将軍

1 :名無しさん:2000/04/27(木) 05:56
今の日本を征服したとします。
天皇に圧力をかけたりして任じられれば
征夷大将軍になれるでしょうか?

やはり源氏の傍流でないとダメとか?


2 :名無しさん:2000/04/27(木) 06:28
征夷大将軍=総理大臣かな?
実力で俗世の天下を取った実力者を聖なる天皇が追認、任命。
下からの権力行使は日本が最初かも知れないね。
イギリスの議会制民主主義よりはずーっと古いけど民主主義とは
言えないなあ。
でも結構良く機能した良い制度だと思う。
天皇が自ら委譲したのでは無くて追認なのが少し悲しいけどね。

3 :名無しさん:2000/04/27(木) 09:48
時代によって異なるので、何とも言えない。
が、皇族・藤原氏も征夷大将軍になっている。藤原頼経とか、宗良親王とか。
古代の征夷大将軍なら、天皇から節刀を賜り、軍事権を委譲される。
鎌倉幕府は巨大な荘園領主。室町幕府は商人。

戦国時代以降は知らない。

4 :名無しさん:2000/04/27(木) 18:45
なれる。
だって、今の日本を征服したとするのでしょう?
それなら何でもなれる。

征夷大将軍だけでなく、新しい官位を作るのも可能かと思います。

5 :>4:2000/04/28(金) 00:55
織田信長や豊臣秀吉はなれなかった。
武家の棟梁はあくまで源氏なのです。

日本には源平交代思想というのがある。


6 :名無しさん:2000/04/28(金) 03:19
源平交代はあくまでも後付けと言う説の方が強いだろう。
秀吉はともかく信長は将軍の目があった。


7 :名無しさん:2000/04/28(金) 04:16
つーか勝手に源氏を名乗ればいいじゃん。
家康みたいにさ。

8 :名無しさん:2000/04/28(金) 07:03
信長は若いときに公文書に平氏を名乗ってたんだから、源氏はムリでしょう・・・。


9 :明智日向守:2000/04/28(金) 08:16
儂は、源氏だからなれたのに、筑前守が・・・
信長公は、将軍職より天子になるつもりだったのではないかのう。

10 :名無しさん:2000/04/28(金) 13:27
「俺は清和源氏の末流だ」
「俺は平家の落ち武者の子孫だ」
「俺は藤原家の血を引いている」

どう主張しても、それを完全否定するのは困難だと思います(笑)


11 :名無しさん:2000/04/28(金) 18:33
よし!わかった!
今日から総理大臣というのは廃止だ。
明日から「征夷大将軍」を名乗らんかい。

クリントンも真っ青だな。

12 :名無しさん:2000/04/28(金) 18:55
4>秀吉が将軍になれなかったのは小牧・長久手の戦闘で負けたからじゃないの?


13 :名無しさん:2000/04/29(土) 05:54
秀吉はサルなのでサルだ。

14 :>12:2000/04/30(日) 02:00
足利義昭の養子になるのを断られたからだろ。
13の言う通りにな。


15 :上岡@天下人:2000/04/30(日) 02:40
私は、関白兼征夷大将軍兼太政大臣。
そして、正一位。


16 :>15:2000/04/30(日) 02:44
そうか。
征"夷"大将軍という以上、アメリカでも退治してくれ。
がんばれよ(笑)


17 :麿は大将軍:2000/04/30(日) 09:35
中共と北朝鮮も征伐するぞよ

18 :>15:2000/05/01(月) 03:17
生きている内に笑一位には成れないよ。
贈位で死んだ後は成れるけど

19 :名無しさん:2000/05/01(月) 12:27
生前に正一位になった人に三條実美公がいますがな。

20 :名無しさん:2000/05/01(月) 23:26
>19
例外もあるんだ。
他にレアなケースある?

21 :名無しさん:2000/05/02(火) 02:24
確か、三条実美が正一位に叙せられたのは
奈良朝の仲麻呂以来だったような・・・


22 :名無しさん:2000/05/02(火) 03:23
征夷大将軍って朝廷の軍のトップじゃないからね(笑)

いまでいうなら自衛隊でいうなら東北方面隊総監とか,
皇族が指揮するなら東北征伐隊司令官ってトコかな?出先の司令官クラスなので一番エライ人ではないけど
「場の空気」でエライことになっちゃった笑
律令制以後の日本で一番の権力者(実権掌握)は末期の
東條内閣というマジメな説もあります
(総理,陸相,参謀総長の兼務)

23 :名無しさん:2000/05/02(火) 03:29
頼朝公が大将軍を希望したのは、朝廷の命令がなくとも
勝手に部下を処分できるからだ。武家の頂点に立つには
これが一番だと大江あたりが献策したんだよ。

24 :関白兼征夷大将軍:2000/05/02(火) 14:46
だから、余は関白も兼ねたのじゃ。
言わば「豊臣家康」。

25 :名無しさん@1周年:2000/05/25(木) 20:40
法制史的にみた征夷大将軍のメリット。
それは、唯一合法的に朝廷から独立して命令を発することができる、
つまり「幕府(=臨時大本営)」を設置できるという特殊な地位にあった。
(軍隊内の自治、とでも言おうか。)



26 :名無しさん@1周年:2000/05/25(木) 20:55
でも征夷大将軍じゃあ対外的に国家を代表できないでしょ。
元寇のときも形式的には朝廷に外交権があったし、義満の外交は不評だったし。
結局幕末の井伊大老もそれでやられたわけでしょ

27 :名無しさん@1周年:2000/05/25(木) 22:21
まーそこが武家政治の致命的欠点だった、ということで・・・
合法的に権力を得るための征夷大将軍の官位が、
最終的には足かせになってしまう、と。



28 :名無しさん@1周年:2000/05/26(金) 00:17
武家時代の国体って名目上は
天皇   君主
摂関   君主代行
大臣   総理大臣
近衛大将 防衛長官
将軍   方面軍最高司令官だろうけど実態は

天皇  象徴
摂関  虚官
大臣  虚官
大将  虚官(将軍の権威付けにも利用)
将軍  総理大臣兼防衛長官
老中  国務大臣だからなあ

29 :名無しさん@1周年:2000/05/27(土) 07:53
性異体症群

30 :名無しさん@1周年:2000/05/29(月) 05:31
イスラム帝国のカリフとスルタンの関係に似ていると思います。
スルタン=カリフ制に持っていきたかったのが足利義満

31 :>28:2000/06/07(水) 16:51
征夷大将軍は、いわゆる官位ではないから、その区分けには無理がある。
徳川将軍は、征夷大将軍であり、左右内大臣のどれかを兼ねていて、さらに
左右大将のどちらかに任ぜられていた。

32 :おとみ:2000/06/07(水) 23:39
所詮征夷大将軍は令外官。(臨時につくられたもの)

頼朝が征夷大将軍を希望したのは、奥州藤原氏討伐にあたって本来なら鎮守府将軍でも用なすことだが、鎮守府将軍は既に奥州藤原氏が任じられていたため。


33 :根本がだめだよ>1:2000/06/08(木) 03:31
そのまえに最低でも憲法・法律を改めて「征夷大将軍」職を作らないと。
今上陛下を犯し奉ってものごとどうにかなる認識が甘いというかヘンだよ。


34 :名無しさん@1周年:2000/06/08(木) 21:44
どうも日本史板をイデオロギーで歪めようとしている輩がいる。
そんな議論は政治思想板でやってください。
ここは純粋に歴史について話し合いたい。

35 :名無しさん@1周年:2000/06/08(木) 22:46
ちなみに、幕府は近衛大将クラスなら開けるそうです。
よって源頼朝の普段の位称は確か「前右大将」であり、
征夷大将軍とは名乗っていなかった。

後世になると征夷大将軍が源氏が数多く称した位であったがゆえに
武家の間では価値が高まるが、鎌倉期には 32 さんの言う通りらしい。


36 :名無しさん@1周年:2000/06/08(木) 22:53
征夷大将軍は『就任』するのでしょうか、それとも『即位』するのでしょうか?

37 :名無しさん@1周年:2000/06/08(木) 23:18
中公新書から「征夷大将軍」という書籍が出版されています。
この書籍は、征夷大将軍職の意義と地位の変遷を法制史的側面を通して論じています。
興味のある人はご一読ください。




38 :名無しの権兵衛:2000/06/12(月) 17:00
>36
即位するのは、王様。

39 :名無しさん@1周年:2000/06/12(月) 18:55
>36
「就職」じゃないの?

40 :36:2000/06/12(月) 22:37
>38の権兵衛さん
そんな事分ってるって(笑)
それを踏まえて敢えて突っ込んだ意見を聞きたいわけよ。
>39
職業(生業=なりわい)につくのが就職だと思います。
役職につくのは就任が適当かと。
しかし一般向けの歴史読み物では即位って表現している物がけっこうありますね。


41 :名無しさん@1周年:2000/06/13(火) 19:29
以下の記述は推測ね。

征夷大将軍に就くのは朝廷から官位をもらわなくてはならない以上、「就任」と言える。
しかし、幕府を開くのは官位さえあれば将軍の好きにできるはずだから、
この点に関しては「即位」的。

一般の読み物では将軍位を事実上の王政みたいなものだと解釈しているから
「即位」と使っているだけであって、深い意味はないと思う。


42 :名無しさん@1周年:2000/06/14(水) 09:32
日本の歴史学会では、幕府形態を明確な王制として規定していない(できない)から、『就任』になりますね。
その割に、イスラム帝国のブワイフ朝の首長やオスマン・トルコのスルタンを『即位』としているので
国際的認識では『即位』でOKだと思います。

43 :>36、40:2000/06/15(木) 19:31
征夷大将軍は「即位」するものでも「就任」もするものではないでしょう。
である以上その論議は無意味ではないでしょうか?

44 :名無しさん@1周年:2000/06/16(金) 11:51
征夷大将軍については、41さん、42さんの認識で問題ないと思います。
これ以上この問題に拘泥しても仕方ない。

45 :村田:2000/06/16(金) 12:32
ああ?

征夷大将軍は

かりにも朝廷の(臨時の)官職なんだからよう。

それいうなら「任官」っていわんか?


46 :36:2000/06/16(金) 17:01
>村田さん
論点がボケてます。
貴方の言ってるのは日本語のニュアンスの問題。

『即位』・『就任』は征夷大将軍の本質に関る問題です。
でも答えが出ないから43さん、44さんの仰るようにこれ以上の議論は
やめた方がいいと思います。
ヘンな方向に議論を持っていってしまいました。
申し訳ありません。

47 :村田:2000/06/16(金) 20:32
>貴方の言ってるのは日本語のニュアンスの問題。

別にボケていない。ここの連中の云ってることもニュアンスの域を
出たものではないだろうが。

>『即位』・『就任』は征夷大将軍の本質に関る問題です。

だからそれは征夷大将軍を足利氏や徳川氏のような(世襲制による)
「武門の首座」と見なすか、或いは坂上氏のような(臨時の)「一
征伐軍の長」とするかで、意味合いも天地ほどに変わってくるだろう
が。
 そもそも武門の者達の目指すところの「征夷大将軍」は覇者の位
であって王者ではありえず、単に貴種尊重の概念に基づいたもので
しかない。


48 :36:2000/06/16(金) 21:04
>村田さん
やはり論点がボケてます。(笑)
誰が坂上田村麻呂までさかのぼって議論していますか?
ここでの征夷大将軍は幕府政権の首長としてのいわゆる『将軍』です。
もっと言えば王朝としての形をほぼ完璧に備えている徳川将軍についてです。
ですから、私自身の見解としては国内的には認められないが、
対外的には『殿下』待遇の国王(李氏朝鮮と同等)であると考えています。


49 :村田:2000/06/17(土) 10:23
>やはり論点がボケてます。(笑)

都合が悪いとすぐにこれか(にこにこ)。

>ここでの征夷大将軍は幕府政権の首長としてのいわゆる『将軍』です。

 1の趣旨のことをさしてるのは解釈できるが、だからといってそれにあわせ
なくてはならないという決まりはない。
 それと征夷大将軍の意味合い(その機能全般含む)が異なるって前提で、キ
ミの云う「幕府政権の首長」だけが本質とはいえないから、あえてパターンを
挙げたのだろうが。上にも書いたけど武門は覇道の頂点にあっても王道を歩ん
ではいない(例外的に望んだ人もいたにはいたが)」。ただその血統を尊ぶと
ころから「貴族化」し、国王に「相当」する権限を持つにいたったと言うなら
ば否定もしないが、まがりなりにも幕府に微妙な影響力を持っていた朝廷の存
在も考慮すると36氏のような(国王と)「同等」とするストレートな見解に
は無理がある。

50 :36:2000/06/17(土) 17:48
>田村さん
非常に強引な辻褄合わせをされる方ですがその話は置いておきましょう。(笑)

日本国内の一元支配権が一系統しかないと考えるから無理が出てくるのです。
例えば中華帝国が近隣の小国に朝貢の代償として王の称号を与え認めた事、
神聖ローマ帝国が実質はオーストリア、プロイセン等の独立王国の連合体であった事を
思い出してください。
それらは『皇帝陛下』から『国王殿下』へと版図一部の支配権の委譲が
合法的に行われています。

ひのもとの国も同じと考えられませんか?

『御門=天皇陛下』から合法的に『将軍=国王殿下』に支配権の委譲が行われた。
だから称号も1ランクしたの『殿下』と私は48で敢えて書いていくのです。

ただ日本の国が特殊なのは御門の支配権の及ぶ版図と将軍の版図が
全く同一であったって事。
もうひとつは現在も天皇家が綿々と続いて、
日本国民の象徴の立場にいらっしゃいますので
その憚りがあって国内では王権とは認められないのです。

51 :36:2000/06/17(土) 17:56
失礼! 村田さんでした。

52 :ヨコヤリ:2000/06/17(土) 18:05
>36
朝廷から征夷大将軍に任官されて(就任)権威が整ったから
幕府の長に即位した。
という解釈をすれば良いって事?

53 :36:2000/06/17(土) 18:27
『将軍家=氏の長者』になり二の丸から本丸に移った段階で『即位』していると考えます。
(断るまでも無いですが徳川将軍の場合です。)
それを権威付けるための『征夷大将軍就任(正式には源氏の長者を名乗るのもこの時点)』
では無いでしょうか。

54 :常駐者:2000/06/17(土) 18:28
お互いのプライドを懸けた論争というのは読み応えがあるな
俺は支持するよ
つまらん煽りコピペスレッドよりずっといい
頑張ってほしい

55 :ヨコヤリ:2000/06/17(土) 18:30
>53
学会的にはその解釈で問題ないのでは無いでしょうか?

56 :ある@機械学生:2000/06/17(土) 19:35
ふむ、スレッドの趣旨に添わない議論をしようとする人間に、このスレッドで議論をする資格があるとは思えないのだが・・・。もし、その気がないとしても公然とそれを表明するのは、完全に議論のルールを無視しているとしか思えないのだが。ま、双方とも礼を以て議論を進められることを望む。

57 :36:2000/06/17(土) 19:50
>ヨコヤリさん
学会の主流解釈をご存知でしたらお教えください。
上記の解釈は飽くまで私個人の意見ですが、
このくらいのことは歴史に興味を持つ者誰でも考えますよね。
もしかしたら、既に学会で既定の意見となっているかも知れません。


58 :sage:2000/06/18(日) 01:07
=======================終  了=================================================

13 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)