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科学技術が歴史に与えた影響について

1 :名無しさん:2000/05/04(木) 03:15
地動説、鉄砲、印刷、羅針盤、トランジスタ、コンピュータ、、、など、
のなかで歴史に対してインパクトの大きかった科学技術は何ですか?


2 :モナー:2000/05/04(木) 03:53
     Λ_Λ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   ( ´∀`)<   コンピュッタ!
   (    ) \______
     | | |  
   (__)_)  

3 :名無しさん:2000/05/04(木) 09:39
西洋が近代化した最大の原因は、水車にあると思う。なぜなら、水車こそが、工場制度
をうみ、水車の極限までの発達が、その限界を超えるものとしての
蒸気機関を生み出したからである。かく考えると、西洋が世界征服を成し遂げる必然性は、
すでに中世に生まれていたといわねばならない。すでにそのころから、
かの地域ではほかの文明圏と異なり、水車の異常な発達が見られるからである。
たとえば11世紀イングランドでは、人口200万に対し5600台の水車があった。
これは人口比で見れば幕末の日本を遥かに超えるものである。大陸でもそう事情は変わらなかったようである。


4 :名無しさん:2000/05/04(木) 09:50
そうかんがえると、たとえば発展段階としての西洋と日本の中世
を等価なものと考えることは、ナンセンスといわねば成らない。
なぜなら日本の中世は、ほぼ水車を欠いていたからである。
日本においては、動力源としての水車は江戸時代半ばから普及し出した。
それももっぱら製粉ようにとどまり、工業動力としての使用は極めて限定されていた。
したがって日本の江戸時代は、甘く見積もっても西洋の中世に相当するのであり、
「日本と西洋の近代化への平行進化」というのはあたらない。
事情は中国でも同じであるようだ。したがって日本がアジアで唯一西洋と同じような、
歴史の発展をしたというのは、まちがいである。

5 :名無しさん:2000/05/04(木) 13:17
というか、ヨーロッパ・中東の水車風車は基本的に小麦農耕文化圏の製粉用だったんじゃ?

6 :3:2000/05/04(木) 22:44
いや、西洋中からルネッサンスにかけて、水車は紛れも無く工業用動力
として使用された。金属加工、搾油、製紙、紡績などに用いられたのである。
そしてこれが、西洋が他の文明に対し優位に立った根本原因であったように思われる。
ちなみに、西洋人は、水車というものに対し牧歌的なイメージを持っていない。
それは水車(mill)が、工場(mill)と同義であることからも分かる。


7 :名無しさん:2000/05/06(土) 20:32
米は調理するときに粉にしないもんね

8 :>3:2000/05/07(日) 01:27
tてーと、西洋は労働力が不足していたのでしょうか?

9 :3:2000/05/07(日) 12:45
>8
水車は小アジアで紀元前1世紀ごろ発明されたが、当時奴隷制度全盛期だった
ローマ帝国内では、あまり普及しなかったようだ。むしろ人口に少ないゲルマンの地
において、発達したようである。その意味で、過剰な労働力が技術の発達にマイナス
になるということはあり得る。
確かに、粉食文化圏と、粒食文化圏との違いがあるが、その違いが、一方を
人力、畜力にささえられた社会に押しとどめ、一方を近代化への道を歩ませる
社会としたのも、また事実である。

10 :名無しさん@1周年:2000/05/25(木) 20:33
日本のように人口稠密で耕地面積が少なくて川の流れが速すぎる国においては、
水車なんてものは発達しません。
自然環境の違いというものはあるので、水車だけをとりあえずのはあまり意味がないと思います。

上記のどの技術も各文明で同時並行的に出現・模倣されていますが、
結局その技術を積極的に採用したかどうかなんですよね。
その積極性において、ヨーロッパにかなうところはなかった、ただそれだけなのではないかと思います。

11 :名無しさん@1周年:2000/05/27(土) 18:10



人の智慧の産物が科学技術であり、
科学技術の発展が即ち歴史である、と言い切っていい。


「歴史」と「歴史読み物」「群像伝」等は別だからね。---------------------終了---------------------




12 :名無しさん@1周年:2000/05/29(月) 20:27
>11
あんまり終了打つような発言でもないような・・・

13 :名無しさん@1周年:2000/06/01(木) 18:50
>10
>日本のように川の流れが速い国は水車が発達しない。

それは理由にならないな。水車は西洋でも流れの速い小河川に架けるのはふつうにみられる。当然だが。
逆に西洋は技術を積極的に取り入れたから発展したというのは、トートロジーで説明にはならない。
ジョセフ・ニーダムも言うように、中国は宋の頃まで西洋より技術の面で発達していた。にもかかわらずその後西洋に抜き去られたのは、
エネルギー的な制約があったためではないか。あまりにも安価な「人力」に頼る社会の宿命というか。


14 :名無しさん@1周年:2000/06/01(木) 22:36
エネルギー的制約ですか。
中国は中世にコークスを発見して、燃料革命?を成功させています。
(中国料理は高熱で仕上げるようになったのはこの頃かららしい。)


15 :>13:2000/06/02(金) 00:03
江戸時代の摂津の国は菜種の産地で
六甲山系の急流を利用した水車による菜種油の採取が盛んだった。

と高校で習った気がすんです。
マニュファクチャーの発達とか言う項目で。




16 :名無しさん@1周年:2000/06/02(金) 06:32
人力が科学の発展を阻害したというのは非常に大きな理由としてあげていいと思うな。
ギリシャ時代にも科学が進歩しそうな気配があったが
奴隷の方が安上がりだということでそれ以上研究が進まなかった。


17 :ほにょ:2000/06/10(土) 04:59
鎌倉期において、水車はかなりつかわれていたらしく、
宋からの使者が本国に報告している。

18 :10:2000/06/10(土) 06:05
じゃあ、水車の件は私の勉強不足ということですね。
すいません(ペコリ)


19 :名無しさん@1周年:2000/06/10(土) 11:56
>17
聞いたことは無いな。どこの史料にのっていた?
ほにょさんしったかぶりはだめだぞ。
鎌倉時代には使用されていたとしてもノーリア(揚水水車)であって
動力水車ではない。

20 :名無しさん@1周年:2000/06/10(土) 11:57
最も一例だけ、宋から導入して米搗きに使った動力水車の例あるが、
定着しなかったらしい。

21 :名無しさん@1周年:2000/06/10(土) 12:00
ちなみに中国ではやはり後漢の時代からあるが、(異論はあるが)
やはり人口比では西洋とは比較にならないくらい普及が遅れていた。

22 :名無しさん@1周年:2000/06/10(土) 12:01
私は19がどの史料と勘違いしたか、だいたい分かる。

23 :22:2000/06/10(土) 12:02
失礼
17のこと。

24 :ほにょ:2000/06/10(土) 22:21
うーん、どの資料だったかなぁ〜、ごめんなさい忘れちゃいました。
でも、17さんの言うとうり、揚水水車だったと記憶してます。

22さん、もし出典がわかったら教えてください。

25 :偵察衛星がなかったら:2000/06/15(木) 16:57
核戦争で終わってた鴨新米。

26 :22:2000/06/15(木) 22:37
>24
お答え。
李朝『世宗実録』10年(1428)の記録です。
朝鮮の日本通信使が、日本の農民が水車を用いて、田を灌漑しているのを見て、
これは便利だとおもい、模型を作って国王に献じた、というものです。

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