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なぜ西洋の方が先に文明が発達したんですか?

1 :専門外:2000/05/13(土) 02:03
一度歴史に詳しい方々に愚問をぶつけてみたいと思いまして。
黒船についてどうおもいますか?

2 :俺も素人:2000/05/13(土) 02:14
蒸気のせいじゃないのか?

3 :名無しさん:2000/05/13(土) 02:52
えっ?西洋の方が発達してるのか??

4 :名無しさん:2000/05/13(土) 03:55
とにかくユダヤ人は氏ね

5 :名無しさん:2000/05/13(土) 04:15
少なくとも19世紀前半までは東洋(中国)の方が、文明は進んでいると思う。
何故西洋の方が先に近代化に成功したかって意味かな?


6 :名無しさん:2000/05/13(土) 04:23
↑ゴメン、間違えた。
 19世紀な訳無いじゃん、ねえ・・・
 対不起。

7 :1:2000/05/13(土) 04:24
>5 何故西洋の方が先に近代化に成功したかって意味かな?

ごめんなさい言い方があまりに素人すぎました。
そういう意味です。

8 :名無しさん:2000/05/13(土) 05:13
西洋は白人じゃけ

9 :名無しさん:2000/05/13(土) 05:52
5の通りだと思う。
ずーっと昔のイスラム文明全盛期はイスラムが最先進地域だったわけだし。

西欧文明にとっては市民革命、産業革命がターニングポイントだったのかな。
で、武力を背景に世界の各地域の植民地化を進めて優等民族として君臨したと。



10 :名無しさん:2000/05/13(土) 06:31
おおもとは大航海時代だよな、やっぱ。
所詮この世は早いもん勝ち。

11 :名無しさん:2000/05/13(土) 06:32
思想的問題じゃないの?
ウェーバーの著書でも読んでみれば。
西洋は、17世紀ぐらいから新しい思想が沢山でてくる。
東洋つうか中国は、あんまり新しい思想がない。
自由に物を考えて、それを発表しても良い空気の差じゃないの?
まあ、ガリレオは裁判に掛けられたけど。

宗教改革で自己批判できた西洋と科挙に縛られ続けた中国。
うーむ、教科書的な答えだ。


12 :名無しさん:2000/05/13(土) 06:43
アルファベットと漢字の差。印刷は中国発明だが、活版はグーテンベルクが作った。それは文字の数の差である。もし、中国語が少ない文字による言語だったら・・・。

13 :>:2000/05/13(土) 06:47
世界史板でやれ

14 :名無しさん:2000/05/13(土) 07:35
江戸時代の日本でハンググライダーみたいなもんを作った
表具師の幸吉は、人心を惑わした咎で処罰された。
平賀源内も不遇な扱いで、実質的な影響は残してないよね。
でも、仮に戦国時代的状況だったら、どっかの藩で拾われたろうし、
何か実際的な応用で後世に蓄積される影響を残したかもしれない。
当時のヨーロッパはそうでしょ。
新しい考えは、どっかで迫害されても拾ってくれる先があった。
基本的発明の時代に平和だったことが、日本の停滞の原因かも。
戦国時代が長引くか、明の戦争に介入して戦争が続くかすれば、
実用主義で技術が進歩していったんじゃないかな。

15 :>14:2000/05/13(土) 11:59
「第三の男」
スイスは鳩時計しか創らなかった。

16 :>12:2000/05/13(土) 12:30
印刷術が原因で西洋の科学が発達したと考えてるわけですか?
それは違いますよ。近世における日本の識字率や発行部数を考えたら説明がつかないじゃないですか。

17 :>16:2000/05/13(土) 13:53
あなたのおっしゃるところの意味がわかりかねますが。

18 :16ぢゃないけど:2000/05/13(土) 15:02
「近世における日本の識字率や発行部数」
「活字印刷」ではなかったけど、江戸時代の書物の出版量はすごかった。世界有数。庶民の識字率も非常に高かったし。
「読み書きソロバン」ってフレーズ知ってるでしょ。

19 :名無しさん:2000/05/13(土) 15:38
おおもとは大航海時代って言う話が出てたけど、鄭和の遠征は、ヴァスコ・ダ・ガマ
より100年早いし、船の規模も大きかったんだね。それなのになぜ鄭和のあとに
続くものが無かったか。ひとつの仮説としては、14世紀中国より、15世紀西洋のほうが
経済的により対外活動を必要としていたということがあるね。鄭和の遠征は所詮国威発揚のためだから、
スポンサーたる永楽帝が死ぬと、後が続かなくなった。ちょうどアポロ計画が終わったら、
誰も月に行かなくなったように。
大航海前の西洋は、すでに意外に経済、技術の深いところで、東洋、イスラムを凌駕していたのでは
ないだろうか。

20 :名無しさん:2000/05/13(土) 15:49
あとまー鄭和の航海の成果はかなりの部分が後の「反宦官キャン
ペーン」で葬り去られたしね、少なくとも宮廷内では。

つまるところ鎖国でしょ、日本や中国で技術的な進歩が頭打ちに
なったのは。さらに国内でもビッグパワーが君臨して(比較的)
大きな動乱がなかったこと。

他国との接触が薄い上に尻に火もついてないんじゃ小手先の爛熟
方向に偏って本格的な進歩の原動力は相当弱い。

21 :>18:2000/05/13(土) 16:24
それは、宗教や文学の分野。
錬金術の伝統がない日本では科学は発達しなかった。

22 :名無しさん:2000/05/13(土) 16:43
>21

錬金術の功績は認めるが・・・

それより大きいのはやっぱ、終ったと思ったら始まる戦争と、
宗教改革以後プロテスタント諸国で精神が開放されて自由に
研究が行われるようになったからじゃないかな。

砲弾を打つのに必要な弾道学から数学が発達していったことは
有名だけど、とにかく戦争には頭がいる。この点では20さんが
言ってることがかなり近いような気がするね。

そんで、自分の思ったことを教会に邪魔されずに研究できる
環境も必要だよね。

日本でもそれほど学問弾圧はなかったから(蘭学は別として)、
ある程度天文学や数学は発達したけど危急の必要がなかったから
結局低空飛行。海禁の影響は大きいね。

戦国時代には輸入された最新兵器の鉄砲をあっと言う間に国産化し、
さらに大型の火砲もものにしていた国だよ、日本は。潜在能力は
あったんだよ。


23 :名無しさん:2000/05/13(土) 17:41
大砲や鉄砲は生産技術ではないから、
所詮社会を変える力にはならなかったんだろうね。
やはり生産技術が西洋と東洋では違っていたんじゃないかな。
人力中心の社会では、近代化は無理だったと思う。

24 :名無しさん:2000/05/13(土) 19:18
戦争を技術進歩の原動力として評価しすぎている気がする。
武器で民生技術に転換できるのはそれほど多くない。
戦争技術のすぐれた国が文明の中心にいられるのなら、
かつてのモンゴル帝国あたりが近代文明のゆりかごとなってよさそうだが、
事実はそうではない。


25 :>:2000/05/13(土) 20:05
建築技術ならいい勝負でしょう。東洋VS西洋

26 :20:2000/05/13(土) 20:44
戦争それ自体を進歩の原動力とはとらえていません。
短期的にはともかく、戦争は確実に国力の低下=技術進歩の
停滞をもたらしますからね。

国力向上の競争相手としての隣国の存在、また各国技術の意
図するとしないに関わらぬ交流。
これらの要素をきわめて弱めてしまうのが鎖国(&一国安定)
だ、ということを書きたかったわけです。

実際江戸時代半ばあたりから各藩の間で経済力の競争的向
上が試みられた際、きわめて産業、農業技術(それに付随し
て経済機構も)が大きく進歩しました。
ただその競争自体が切実ではなかったこと(幕府というビッ
グパワーの元での競争)、あくまでも国内勢力同士の、つ
まり小さな単位での競争であったことからマクロな動きに
はなり得なかったわけですが。
戦国時代においてはいうまでもありませんね。

戦争が大事、なのではなく競合国家(あるいは勢力)が存在
することが大事、というわけです。
西洋においても実際に進歩が加速的に急速化し始めたのは
宗教のくびきから解かれたこともありますが、何より各国
間の争いが下火になり植民地の取り合いなどの「遠い戦争」
が主体になってからということからも自分自身納得できる
考え方だと思います。

27 :横道にそれますが:2000/05/14(日) 02:10
科学技術だけではなく、近代国家に不可欠な法律や会計なんかは
どのくらい整備されていたのでしょうか?

28 :名無しさん:2000/05/15(月) 07:29
会計の方は良く解りませんが法律の方は洋の東西を問わず
紀元前からかなり整備されています。ローマ法と周礼とか。
ただ、西洋の法が近代的な法の制定に熱心だったのは
叙任権闘争がそもそもの原因のようです。
双方の正当性を法的に証明するため、激烈な法的論争を繰り返し
大学も建てまくったそうです。

中国の法はというと、モンゴルの侵入により脈々と受け継がれた
宗法が途切れてしまいました。

29 :22:2000/05/15(月) 15:21
>24

モンゴル軍は騎馬+弓、つまり戦術の優越で戦争に勝った軍隊でしょ。
火砲の出現以降とは話が違うよ。

火砲の生産には鉄がいる。また近世になって巨大化した艦艇を
作るには大量の木材や亜麻etc.の材料がいる。そして加工する
技術と金がいるわけだ。

近世以降戦争を行うにはそれだけ人金物がいるってことで、
戦争を行うために国力を増大させていったっていう本末転倒な
議論まであるでしょ。私はそこまで言う気はないけど。

近世イギリスで最大の「企業」が海軍工廠だったってのは知ってるでしょ。
また鉄鋼業なんかには国が補助金を出して企業を助けていた。そんだけ
「戦争」が産業の発展と維持に寄与していたと言える。

ついでに言うと、イギリスは艦艇建造用の木材と鉄鉱石の輸入を維持する
ためにバルト海には特に気を使った。北方戦争の前後なんかそうだよね。
最初スウェーデンに肩入れしてたけど、ロシアが優勢になると乗り換えた。
また北米植民地は当初船舶用木材の供給地として期待されたんだよ。イギリス
本国に木材を運んで・・・結局現地生産が安上がり(当然だけど)だから
北米に造船所をたくさん作って、これらが独立戦争時は植民地軍側の艦艇供給源に
なったわけだけど。

戦争と国と、どっちが鶏でどっちが卵かって議論にはなるけど・・・
戦争の結果国力が増大した、またはせざるを得なかった、だから
技術の革新も進んだってのは間違いじゃないと思うな。


30 :名無しさん:2000/05/15(月) 17:10
戦国時代の日本の造船技術は西洋並みだったけど、
鎖国政策で遠洋航海可能な大船を作ることは禁止された。
銃所持の違法化で鉄砲技術も退化した。
つまり、安定のために意図的に技術進歩を押さえつけた面がある。
敵国に囲まれた状況ならそんな贅沢はできないから、
自然に技術って進歩していくもんなんじゃないかな?

31 :29:2000/05/15(月) 17:26
>30

いやー、遅れてたっしょ。日本はガレー船が精一杯だったけど、
西洋は世界を一周できるガレオン船、さらにより巨大な多層帆船を
建造していった。

日本で造船技術の発展が遅れたのは「必要がなかったから」、
日本沿岸と・・・せいぜい朝鮮海峡を航海できる船があれば
よかったから。

海禁は大きかったねえ・・・前にも書いたけど。

#支倉常長の船って伊達が自力で建造したんだっけ? まあ
南蛮船のまるごとコピーって気もするが。


32 :シモン@コンスタンチノープル:2000/05/15(月) 18:53
ワッハッハッ。
オスマン軍の大砲など、我がコンスタンチノープル
の城壁にとっては屁でもなかったわい!
ただし、艦隊の一斉砲火でヤラレてしまったが・・・

33 :名無しさん:2000/05/16(火) 00:21
鎖国が評判悪いけど、結果論になるが植民地にならず超大国になった
んだから別にいいじゃん。
現在日本人が武器に対する意識が希薄なのも鎖国のおかげでしょう。
国民性は為政者にとって世界一治めやすい国でしょうな。
単一民族国家だし、無神論者が大半だし。

34 :>33:2000/05/16(火) 00:57
> 武器に対する意識が希薄
秀吉の刀狩りのおかげでは?

> 単一民族国家
これは昔から

> 無神論
終戦による「天皇教」崩壊の影響では?

35 :名無しさん:2000/05/16(火) 01:07
> 単一民族国家
これは昔から


厳密な意味で単一民族って何時からなのかなあ?
今でも単一って言ったら左翼を中心に発狂する奴
いるしょ?
アイヌがいうんなら分かるけどバカ左翼に言われたくないよね。
蝦夷やクマソ、隼人ってどうなのかな?
今は完全に日本人だと思うけど

36 :34:2000/05/16(火) 01:15
厳密な意味での単一民族国家なんて無いと思いますよ。
日本は「相当程度の国家の構成員が同一の民族に属していると思われる」
ぐらいに訂正します。

37 :名無しさん:2000/05/16(火) 01:46
一子相伝が悪さした?
又日本の博物学と西洋のとのはどう違ったの?

38 :>専門外さん:2000/05/16(火) 07:42
西欧の方が先に発達した理由ですが、

 ローマ以降戦乱が絶えなかったことと、近くに懸け離れた
文化(エジプト・イスラム)が存在したからじゃないかと思います。
どこの文化圏でもそうですが、戦国時代って進取の気風が強いと
思われますので(そうじゃなかったら滅亡してしまう)、
比較的平穏な中国文化圏(日本含む)に対して科学技術の分野に
おいてはある程度先を行っていたと言うことになると思います。
 上記と関連するかも知れないですが、イスラムなどの異文化
との交戦や交易などを通じて、未知の技術や哲学を手に入れ
易かったのもあると思います。

39 :名無しさん:2000/05/16(火) 09:52
それは地中海があったから

40 :名無しさん@1周年:2000/05/18(木) 03:51
あげ

41 :名無しさん@1周年:2000/05/20(土) 05:03
今現在西欧が発達してるように見えるだけ。


42 :名無しさん@1周年:2000/05/20(土) 08:46
アーリア人はサムライアリなんだよ。

43 :名無しさん@1周年:2000/05/20(土) 12:32
マックス=ヴェーバーに聞いて下さい。

44 :名無しさん@1周年:2000/05/22(月) 17:01
東インド会社が東洋になかったからってのはどう?

資本主義は10年で生活を一変させるけど
封建時代は100年経っても変わらなかった。

45 :名無しさん@1周年:2000/05/22(月) 22:00
競争社会が技術を発達させるのは自明の理です。

多国分立が長く続いたヨーロッパにおいては、
ある国が技術発展を阻害するような行為(知的階級の抑圧など)があると、
他の国に逃げる=>産業が衰退する=>国力が衰退する
という連鎖反応が起きるので、王達はこれを恐れて
結果的に技術発展が阻害されることは少なかったようです。

これが中国・イスラムになると・・・
「文字の獄」とか、現在のイスラム聖職者層を見ればわかっていただけるかと思います。


46 :>45:2000/05/22(月) 22:51
>多国分立が長く続いたヨーロッパにおいては、
>ある国が技術発展を阻害するような行為(知的階級の抑圧など)があると、
>他の国に逃げる=>産業が衰退する=>国力が衰退する
>という連鎖反応が起きるので、王達はこれを恐れて
>結果的に技術発展が阻害されることは少なかったようです。

うーん、これはどうなんでしょう。

たとえばフランスではナントの勅令廃止によってユグノーの商工業者が
国外に逃亡したため産業の衰退に輪をかけた、って説はメジャーですが、
はたして本当にそうか。17世紀のフランス工業は多くの面で実はイギリスを
しのいでいたというのが昨今の説ですし。

またイギリスは審査律をはじめとして強力な反カトリック政策を採り、
フランスに亡命したカトリック信者もけっこういましたが、別にイギリスの
産業は衰退していませんね。

弾圧の程度にもよりますが、柔軟な人はあっさり信条を転換して弾圧を
くぐりぬけてその国にとどまるのではないでしょうか。民族単位の「弾圧」に
までなってしまうとあれですが、弾圧即国力の衰退とも言えないかと思います。

47 :46:2000/05/22(月) 23:07
あ 上の投稿ちょっとミス。

>17世紀のフランス工業は X

18世紀ですな。



48 :45:2000/05/23(火) 21:33
>46
うーん。あくまで相対論ですからね。
多国分立のヨーロッパの方が中国あたりより「まだまし」だったことは間違いないでしょう。
その「まだまし」なだけで、長期的には随分違うものです。
(銀行の複利計算みたいなもんですね。)

49 :>42:2000/05/24(水) 02:41
アリ説は結構当たってるかもね。
所詮人間も自然の産物だから。
群体として見れば同じ事してるのかも。

50 :名無しさん@1周年:2000/05/24(水) 09:50
>何故西洋の方が先に近代化に成功したかって
アジア方面には出るに出られなくて、(オスマントルコに阻まれて)それ
で海路という手段をとったんじゃないかと思ってる。そこで何人かが貿易
でいい思いをしたから、われもわれもと後に続く。
大航海時代と言うと聞こえはいいが、ただの略奪と労働力の確保でしょう。
植民地支配で莫大な資産と資材を獲得でき、より効率的な搾取を目論んだ
結果生まれたのが、蒸気機関を始めとするいわゆる産業革命でしょう。

潜在的な技術力などはすごかったのかもしれないですけど、何となく
相当切羽詰ってたんじゃないかと思う。金は無い、食料も無い、資源も無い。
そんな状況だったから、海に出て侵略をするしか道が無かったのでは?って。

51 :名無しさん@1周年:2000/05/24(水) 13:05
>50
海に出ってったのは切羽詰まってたというよりは
十字軍のような膨張エネルギーが東に持っていけなくなったからだと思う。
十字軍のころの中東は政治的にバラバラでけっこう簡単に行けたけど、
15〜16世紀にもなるとそうも行かなくなってたんでしょう。

オスマントルコ云々と良く言われるけど、
オスマン朝がアラブ地域にまで進出したのはようやく1517年、
つまり新大陸もインド航路も「発見」されたあとです。
それまではバルカン半島とアナトリアの地方国家だったのだから。

52 :名無しさん@1周年:2000/05/24(水) 15:09
精神的な思想の文明なら、東洋のほうだって量も質もまけていないぞ!!!!!

いや、むしろ勝っている!!

53 :>52:2000/05/25(木) 09:54
神風だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ、とでも言いたいのか?

54 :>52:2000/06/03(土) 00:56

とりあえず量でまけてるよな。

55 :名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 01:22
イギリスで産業革命が起こってからだろ
東西の差が開いたのは。

それまでは大差なし。五十歩百歩。

56 :名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 03:08
52>精神的な思想の文明なら、東洋のほうだって量も質もまけていない

むしろそれが問題。精神論から抜けられるか否か、それが近代化の分かれ道。
東洋にも西洋にも精神文明はあるが、そこから一歩抜け出したのが西洋だった。
でも、精神=東洋/物質=西洋って意味で言ってんじゃないからね。
(それじゃ間抜け過ぎる)



57 :名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 04:41
川勝平太『日本文明と近代西洋』の視点はおもしろい。
江戸期の日本が綿花や砂糖を国内で自給化した経過を説明し、
それが気候的に栽培できなかったイギリスと対比する。
イギリスの場合は、単に綿花や砂糖を確保するためだけに、
アメリカ・アフリカを包含する広域貿易圏を確立する必要があった。
中国について考えてみても、対外拡張しなかったのは、
必須の資源を外部に求める必要がなかったからだしね。
つまり、亜熱帯的な農産物が自給できなかったという
ハンディキャップがヨーロッパを拡張主義にして、
結果的に世界制覇に導いた――というのが川勝の説明。


58 :名無しさん@1周年:2000/06/03(土) 06:20
要するにハングリー精神が、ブルジョアをだまし、富の収奪を行ったってことすか。

59 :名無しさん@1周年:2000/06/05(月) 10:33
>52
中国では古い時代(2500年くらい前)に膨大に出過ぎちゃって,どんな新しい思想を出しても
「過去の焼き直し・・・」と受け取られて発展しなかったんじゃ?

その点,西洋は600〜400年前の宗教改革とともに新しい思想が生まれたから,
斬新な考えに魅力が有った。と考えます。
ルネサンスがなければ,エジプト・ギリシア・インド・中国などの哲学の亜流としてしか受け取られなかったでしょう。


60 :名無しさん@1周年:2000/06/06(火) 15:41
インドはともかくとして、中国の思想が西洋に匹敵するとは思えないな。
どう考えても普遍性に欠けてると思うものが多い。

61 :名無しさん@1周年:2000/06/06(火) 18:14
中国と比べて西洋の思想に普遍性があると言うのも
幻想のような気がするんだけど

62 :名無しさん@1周年:2000/06/06(火) 19:49
中国と西洋の違いに注目すると、
・中世は繁栄の時代<=>暗黒時代
・多神教的<=>一神教
・皇帝一元統治<=>皇帝・法王二元統治
ぐらいしかないんだよね。
法律・思想・商業・技術・軍事、どれを取っても中世末期まではそう変わらない。

中国は明代に入ると全般的に硬直化が目立つようになるから、
あの辺が境目だったんじゃないだろうか。


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