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【^▽^】何故、天皇家には特定の姓がないのか?ボクの見解【^▽^】

1 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:20
おはよう、日本史板のおぽんつくたち…。
「なぜ天皇家は自家に固有の姓を所有していないのだろう?」
この興味深い問に対して、参考までにボクなりの見解をクソたちに提示してみたい。

結論から先に言おう。

ボクは、天皇家が特定の姓を所有していないのは、
「古代天皇制が輪番制であったこと」からくる名残(なごり)だと思っている。
つまり、天皇家が特定の姓を所有していないのは、
「天皇制が(古代においては)複数の異なる家の出身者たちで構成されていた」
つまり、古代の大君(天皇家)が「複数の異なる姓の所有者たちにより構成されていた」
ことによる名残だと考えている。
(後に詳述する)

クソたちも薄々勘付いているように、
「天皇家の血筋が一統のみで構成されている」という発想は
天武朝以降に人為的・意図的に“編纂”された架空の概念であり、
真実ではない可能性が濃厚である。

ボクが思うに、「天皇家」がひとつの血統で独占されるようになったのは、
従来言われている時代よりもかなり後代になってからのことではないかと思う。
それどころかボクは、「“天皇家”の家系を一家で独占するというルール」が
成立したのは、もしかしたら6世紀の中盤ころ(大化の改新の頃)まで
時代が下るのでは?とまで考えるようになった。

では何故、そのような一見途方もない見解をボクが懐くようになったのか…?
ここで親愛なるクソたちに、ボクの見解を披瀝してみたい…!
(以下、構成を問わず、思いつくままにボクの意見を述べてみる)

2 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:22
天皇氏が「天皇家」を確立する以前、
つまり、まだ「大王(おおきみ)」と呼称されていた頃、
その職は輪番制であったと思う。

つまり、古代天皇家の実態とは、
「その時々で実力・権威のある地方豪族たちが大和(三輪山麗)に招聘されて、
            大和王権に参加する豪族たちの推戴を受けて大王に就任する」
という、いわば一種の豪族連合の組合長的な存在であったと考える。
そして、数代を経ると、また別の勢力から別の姓の大王を招聘したと考えている。
(古代の天皇が北陸や九州など、
(各地から大和入りしているのはこのためであると仮定する


3 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:23
この話題に関連して、蘇我氏のことについて書きたい。

蘇我氏とは、古代の日本朝廷において
天皇家を凌ぐ権勢を構築した朝鮮よりの渡来系一族である。
この蘇我氏は、大化の改新で天皇家により誅戮されるわけだが、
その理由がなんとも興味深いのだ。

日本書紀によると、蘇我氏が天皇家の不興を買った理由は、
蘇我入鹿が自らの子に対し、
天皇家の皇子を意味する“皇子(みこ)”という呼称を用いたからだという。
即ち、蘇我氏が自分たちの後嗣を天皇家の後嗣に擬したからだという。
つまり、蘇我氏はこの時期、自分たちの後嗣を天皇氏の後嗣と
同格に扱って、実際同格の呼称を用いていたことになる。

通常、この蘇我氏の振舞は「天皇家に対する謀反の意図の現れ」とされてきた。
蘇我氏は、天皇の位を簒奪する意志を持ったので暗殺された、という説が一般的だった。
しかし、ボクは蘇我氏が後嗣を“皇子(みこ)”と呼称していたことには、
別の背景があるものと考えている。

4 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:24
ズバリ言って、ボクは、蘇我氏が後嗣を“皇子(みこ)”と呼称していたのは、
「蘇我氏が古代大王の位につく資格をもった家だったからだ」
という見解を持っている。

つまり、日本書紀編纂の段階では天皇の位は天皇氏が独占しているので、
蘇我氏の後嗣が皇子を名乗ることは謀反にあたる。
しかし、蘇我氏が健在だった七世紀中盤頃までは、
「大王」は実力者の輪番制だったのではないだろうか…?

つまりこの時期までは、大王就任の資格アリと見られている家の後嗣が
皇子を名乗ることはそれほど不自然なことではなかったのではないだろうか?
蘇我氏は、大王に就任してもおかしくはないと思われる家格を
有していた一家だったのではないだろうか?
そうであればこそ、蘇我氏は後嗣を皇子と呼称したのではなかろうか?
少なくとも、後の世ほど天皇氏のスティタスは高くはなく、
肩を並べる対等の存在は結構あったのではなかろうか…?

そうでも考えないと、蘇我氏の後嗣に対する皇子呼称騒動は
説明がつかないような印象を受けるのだが…?
(因みにボクは最近では、天智・天武が兄弟であったという書紀の記述にも
(疑問を感じるようになってきている。
(天武は、「古代日本の異なる大王の系譜を自己の家系に収斂してしまった」、
(恐ろしい人物だと考えるようになった…


5 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:27
ズバリ言って、ボクは、蘇我氏が後嗣を“皇子(みこ)”と呼称していたのは、
「蘇我氏が古代大王の位につく資格をもった家だったからだ」
という見解を持っている。

つまり、日本書紀編纂の段階では天皇の位は天皇氏が独占しているので、
蘇我氏の後嗣が皇子を名乗ることは謀反にあたる。
しかし、蘇我氏が健在だった七世紀中盤頃までは、
「大王」は実力者の輪番制だったのではないだろうか…?

つまりこの時期までは、大王就任の資格アリと見られている家の後嗣が
皇子を名乗ることはそれほど不自然なことではなかったのではないだろうか?
蘇我氏は、大王に就任してもおかしくはないと思われる家格を
有していた一家だったのではないだろうか?
そうであればこそ、蘇我氏は後嗣を皇子と呼称したのではなかろうか?
少なくとも、後の世ほど天皇氏のスティタスは高くはなく、
肩を並べる対等の存在は結構あったのではなかろうか…?

そうでも考えないと、蘇我氏の後嗣に対する皇子呼称騒動は
説明がつかないような印象を受けるのだが…?
(因みにボクは最近では、天智・天武が兄弟であったという書紀の記述にも
(疑問を感じるようになってきている。
(天武は、「古代日本の異なる大王の系譜を自己の家系に収斂してしまった」、
(恐ろしい人物だと考えるようになった…


6 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:29
ここでようやく話の方向を、このスレッドの主題に沿わせたい。

ボクは、「天皇家に固有の姓が存在しない」のは、
複数の姓を収斂したためだと考えている。

元々、古代の大王たちは出身勢力の姓を持っていたと思う。
(実際、天皇氏はかつて「天(あま)」という姓を持っていたという説もある
しかし、複数の姓を持つ大王をひとつの家系に収斂したために、
その姓をひとつに選択することができなかったのだと考えている。

又、古代天皇氏は自分たちを「プライベートな存在(=家・一族)」とは定義せず、
むしろ自分たちは「共同体の“機関”」であると発想していた形跡がある。
だから、みんなの代表が特定の姓を選択するのは好ましくない、とされたのかもしれない。
これは、「古代天皇家が豪族たちの連合の“組合長的存在”として擁立されていた」、
とする仮説を受け入れればの話だが…

もしくは神仙思想(道教)によって君臨した大王にとって、
その神秘思想の立場から特定の姓を否定したのかもしれない…

クソたちはどう思う…?

7 :【^▽^】:2000/05/15(月) 22:31
ここでようやく話の方向を、このスレッドの主題に沿わせたい。

ボクは、「天皇家に固有の姓が存在しない」のは、
複数の姓を収斂したためだと考えている。

元々、古代の大王たちは出身勢力の姓を持っていたと思う。
(実際、天皇氏はかつて「天(あま)」という姓を持っていたという説もある
しかし、複数の姓を持つ大王をひとつの家系に収斂したために、
その姓をひとつに選択することができなかったのだと考えている。

又、古代天皇氏は自分たちを「プライベートな存在(=家・一族)」とは定義せず、
むしろ自分たちは「共同体の“機関”」であると発想していた形跡がある。
だから、みんなの代表が特定の姓を選択するのは好ましくない、とされたのかもしれない。
これは、「古代天皇家が豪族たちの連合の“組合長的存在”として擁立されていた」、
とする仮説を受け入れればの話だが…

もしくは神仙思想(道教)によって君臨した大王にとって、
その神秘思想の立場から特定の姓を否定したのかもしれない…

クソたちはどう思う…?

8 :名無しさん:2000/05/15(月) 22:46
個別の古代天皇や古代氏族での具体例を揚げてくれ。
面白いので、傍証がほしい。

9 :名無しさん:2000/05/15(月) 23:14
古代大王になる資格
「物部系の妻をもつこと」→「蘇我系の妻をもつこと」



10 :名無しさん:2000/05/16(火) 04:07
>1
>何故、天皇家には特定の姓がないのか?

単純に易姓革命が起きず、神の子孫が現在まで続いたからでしょ。
どこの国でも初めの王朝は神の子孫と名乗っていた。
しかし、日本以外の国はみな倒され、
その後は易姓革命で王朝が変わるようになった。

日本の場合、極東にあって、しかもまわりを海で囲まれた島国という
地理的条件がよかったから、神の子孫を名乗る王朝が奇跡的に倒れなかったんだよ。



11 :名無しさん:2000/05/16(火) 06:43
古田学説で以前「ウガヤフキアエズ」が天皇家のもともとの姓ではないかと言っていたような気がするが…
そういえば、この部分を展開したものを本人は発表しているのでしょうか?
御存知の方御教示を。

なお、この御返事は潜水での書き込みを希望します…ブクブク。

12 :【^▽^】:2000/05/16(火) 07:54
このネット尿ども!

どーしてボクのスレッドにsageで書きこむ?
ボクのスレッドを沈めるつもりかッ!

このネット糞ッ!
ネット糞(フン)どもッ!

ところで、ボクの意見に対する賛否が少ないようだが?
もっと書きこみなよ?

13 :sage:2000/05/16(火) 08:04
sage

14 :名無しさん:2000/05/16(火) 08:30
ページ自分で立ち上げろよ
そのほうが反応あるぞ

15 :【こらっ!^▽^】:2000/05/16(火) 10:16
こらっ!
2度とボクのスレッドに“sage”と書きこむことを禁ずるッ!
もし、あと1回でも“sage”が書きこまれたなら、
ボクはこの板を棄てるぞッ!?

よいな!?
臣民どもッ!?【^▽^】

16 :sage:2000/05/16(火) 11:00
sage

17 :棄ててくれるならいくらでも:2000/05/16(火) 11:12
sage

18 :【またやったなクソたち?^▽^】:2000/05/16(火) 11:12
3〜5の蘇我氏の後嗣における皇子呼称の話題に関して説明を補足しますばい。

新王朝が成立する際、反感を持った同僚の反抗を“謀反”と称することは
中国の例にもよく見られることです。

例えば、農民反乱を組織して新王朝を開いた皇帝に、
明の初代皇帝・朱元璋(太祖・洪武帝)がいます。
その明の一代記・「明史」では、朱元璋の皇帝即位に不満を唱えて武力蜂起した
そのかつての同僚の決起を、“謀反”と称していました。

しかし中華人民共和国になってから、明史の研究家・呉ガン氏は
明史のこの記述に以下のような見解を示しています。
「これは同僚の中の一人が独裁者になることへの不満に起因した
 対等者同士の勢力争いに過ぎない。
 封建制度の下位の者が上位の者に反抗することを意味する“謀反”という
 言葉を使用するほどの実態・明確な上下関係は存在しなかった。
 これは、“朱氏の主宰による皇帝制度”が確立された後世の史観から見た
 見解に過ぎず、当時の朱氏は同僚中の最有力者であったに過ぎない」

ボクは、蘇我氏の朝廷における立場も似たようなものだったと思うでし。
天皇氏は、まだ大王と呼ばれていた七世紀半ば頃までは、
蘇我氏などの同僚的存在だったのではないでしょうか?

(“天皇”号を呼称し始めた時期については諸説あるよーですが、
(ボクは天武朝説を採るでし。
(だって、実際に木簡で確認されてるのがその頃までだから。
(聖徳太子が隋への国書で“天子”と称していることをあげ、
(推古朝あたりから天皇号を使用していたのでは、とゆー説がありますが、
(決定的証拠に乏しいような印象を受けますね、個人的には…
(ボクは天皇号は律令制度とセットで創始されたものだと思ってますんで…

19 :【^▽^】 :2000/05/16(火) 11:14
sage


20 :【^▽^】:2000/05/16(火) 11:15
>16
まだ緑色で打ちこんだので見逃してあげるよ

>17
時間差で攻撃すんな!
今、自分のカキコを確認したら貴様の汚らしい“sage”が打ちこまれてた!

貴様はネットゲロだ!
人の気持ちを理解する能力の乏しいバスジャッカーだ!

21 :【^▽^】【^▽^】【^▽^】:2000/05/16(火) 11:16
【^▽^】【^▽^】【^▽^】
【^▽^】【^▽^】【^▽^】
【^▽^】【^▽^】【^▽^】
【^▽^】【^▽^】【^▽^】
【^▽^】【^▽^】【^▽^】

22 :【このスレッドを沈めようとしているクソへ^▽^】:2000/05/16(火) 11:18
貴様の攻撃が止むまで、ボクはこのスレッドを“age”続けるよ…!
ボクとクソたちとの対決だ!
貴様らはキャットキラーだ!

23 :sage:2000/05/16(火) 11:27
>>もし、あと1回でも“sage”が書きこまれたなら、
>>ボクはこの板を棄てるぞッ!?

空手形を切るような人間は2cですら信用されない。
その意味ではクソの中のクソ。

見落としてるかも知れないからさらに書く

『sage』[sage]【sage】《sage》

確認したか?
ならば今度こそ約定を実行されたし。切に希望。

24 :【^▽^】 は勉強不足のようなので:2000/05/16(火) 11:31
sage

25 :sage:2000/05/16(火) 11:35
>【^▽^】

お〜〜〜い、忘れ物だよ〜〜〜ん。
cse4-6.sapporo.mbn.or.jp

26 :16〜25=1:2000/05/16(火) 13:14
ハイハイ、ご苦労さん
罵倒を装ってあげまくる…
いつものお前さんの手ね…(失笑)

27 :>26:2000/05/16(火) 13:28
おのれも下げんかいドアホ。

28 :27=1:2000/05/16(火) 13:48
今ごろ改めても遅いよん
みんなお見通しだよん

29 :名無しさん:2000/05/16(火) 14:49
荒れてるなあ…

ところで、古代氏族の系図上の祖先(天皇の子孫とは限らない)もほとんど姓がないのだが、
1は姓の習慣はどのあたりで発生したとおもっているのか?

30 :【^▽^】:2000/05/16(火) 16:04
あなたの言わんとすることは、最後まで聞かなくても予測はつくよ…。

あなたは業界の有力説の立場から、ボクの説に疑問を持ってるわけだよね?
即ち、下のような説からボクに姓の起源を尋ねるんだよね…?

「元々、古代の日本人は姓を持っていなかった。
 日本人の姓は、“複数存在した家臣を識別するため”に、
 もしくは“大陸の習慣を模倣した”かたちで、
 大和王権の内部で人為的に派生したものだ。

 つまり極論すれば、日本における姓とは、
 天皇が“臣下の識別”、
 もしくは大陸・半島文化の模倣を目的として『発行』したものである。

 だから、秩序の最上位に君臨し、なおかつ、唯一無二の存在とされた天皇自身は、
 自己と他者を区別する必要性に乏しかったので、姓の発行の対象者とはならなかった。
 その結果として、天皇氏だけは原始日本の習慣をそのまま残し、
 姓を所有していないのである。

 つまり、天皇家が固有の姓を所有していないのは、
 姓を名乗る習慣を持たなかった原始日本の文化の名残である。」

又、この結果、 
「姓(苗字)とは、複数の家臣を識別するために、主人が臣下に下賜するもの」
という概念が存在するようになった、という説がある。
(親王の“臣籍降下”などがこれにあたる。
(皇族を臣籍に降下させる際には必ず姓を下賜する習慣があった。
(これは一種の“姓蔑視”である。
(つまり、古代より天皇家は「姓を名乗る者は家来筋である」という
(発想をもっていた形跡がある。

31 :名無しさん.:2000/05/16(火) 16:55
ん?sage書かれたら棄てるってのはどこいったの?
さらに書くけど
『sage』[sage]【sage】《sage》〔sage〕(sage)

読めた?んじゃ早く棄てて消えていなくなって〜。
どーせこれも無視するか自作自演の割り込み突っ込み(笑)
でうやむやにするかな。
29もどうせ自作自演だろ。俺の書いたsage発言以外この板ほ
とんど【^▽^】だろうねたぶん。

32 :>【^▽^】 :2000/05/16(火) 19:29
>「元々、古代の日本人は姓を持っていなかった。
> 日本人の姓は、“複数存在した家臣を識別するため”に、
>もしくは“大陸の習慣を模倣した”かたちで、
> 大和王権の内部で人為的に派生したものだ。

>つまり極論すれば、日本における姓とは、
>天皇が“臣下の識別”、
>もしくは大陸・半島文化の模倣を目的として『発行』したものである。

>だから、秩序の最上位に君臨し、なおかつ、唯一無二の存在とされた天皇自身は、
>自己と他者を区別する必要性に乏しかったので、姓の発行の対象者とはならなかった。
>その結果として、天皇氏だけは原始日本の習慣をそのまま残し、
>姓を所有していないのである。

>つまり、天皇家が固有の姓を所有していないのは、
>姓を名乗る習慣を持たなかった原始日本の文化の名残である。」

 やっぱ、お前勉強不足だわ(笑)。
 味噌汁で顔洗って出直してこいよ。

33 :29だが:2000/05/16(火) 21:39
姓は苗字の意味でなくて姓(かばね)の意味で聞いたのだが…

34 :【^▽^】:2000/05/16(火) 22:38
ボクは貴様らを完全に見捨てる

35 :では34の発言もありましたので。:2000/05/16(火) 22:46
==========これにて(ようやく)終了==========

36 :>1:2000/05/17(水) 00:07
いや、勉強不足かも知れないけど自分で考えた説なんだなあって
結構感心したぞ。
昔、とほほと言う奴がいたけど彼の反権力地元史観(これはどっかの
説のパクリ)よりは全然好感が持てる。
トンデモとか基地外と言われようがおもしろいので
これからも頑張ってくれ。

37 :名無しさん:2000/05/17(水) 00:25
あげるな

38 :>36・37=1:2000/05/17(水) 08:03
お前の芝居にかける執念には敬服するよ。
少しくらいsageても俺の目はごまかせないぞ

39 :>1:2000/05/17(水) 08:10
おい元彦。
てめぇはここへくるなっていっただろぉが、あぁ!?

40 :>39=1:2000/05/17(水) 14:05
ミエミエ

41 :35:2000/05/17(水) 14:16
40もだ。
sageろっつーのバカ
つーか書くな
そもそも36=38=39=40=1?その他age発言ひっくるめて。

======================終了!!!===================

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